パワハラやセクハラ、その他さまざまなコンプライアンスの問題が叫ばれる中、現代の職場は「よりクリーンに」「より快適に」といった流れの中にあります。

しかし、「若手への教育」という視点からはこの流れが逆風になってしまっている面も少なくありません。

「どこまで言っていいのか?」

「どんな風に伝えたらいいのか?」

このように悩んでいる上司や教育係も多く見られます。

そこで今回は、小売業の現場サポートから企業の教育コンサルティングまで広く手掛けている株式会社ヴァーテックスジャパンの代表取締役社長である鈴木孝二氏への取材をもとに、「若手へのティーチング手法」に関して解説していきます。

 

うまく育たない若者たち

新入社員や若者の「ティーチング」に課題を抱えている企業は多いのではないでしょうか。

就職氷河期などの影響で新卒採用が抑制されたことによる「教える側の経験不足」。また、「ゆとり世代」「Z世代」といった若者の仕事に対する意識や、「目標」「努力」といったものへの考え方が管理職世代と大きくかけ離れているという「教えられる側の意識低下」も、ティーチングが思うように進まない現状に拍車をかけています。

このような「教える側」と「教えられる側」との間にある世代の壁が社内でのティーチングを難しいものにしているのです。

立ちはだかる世代の壁

今日の若手社員はいわゆる「ゆとり世代」「Z世代」に該当する人が多いでしょう。彼らの特徴としてはまず「デジタルネイティブ」であること。考えるよりまずネットで調べるという行動をとってきたため、答えのない問題に対して考えることに慣れていません。また、親や先生が決めたレールの上を歩んできた人が多く、目標を持つことをためらい、挫折することへの抵抗感が強い傾向があります。

個性を重視することから自身のスキルアップに関して敏感であったり、情報の精査がうまく合理的な判断に長けていたりなど、プラスな要素もたくさんあります。しかし、ティーチングする立場からの視点で見ると、総じて自主性に乏しいと言えます。このような新入社員の特徴を理解している上司や教育係は少ないのではないでしょうか。

そして、ここ数年のコロナ禍によってテレワークが推進され、リアルなコミュニケーションが減ったため、相手の意図を汲み取ることがさらに困難な状況に追いやられています。鈴木氏によると、オンラインの研修だと相手の顔や空気感が伝わらないばかりか、新入社員の会社への帰属感をどんどん削いでしまうという悪循環が生まれているそうです。そもそもオンラインでは研修の内容さえ伝わりづらいですが、「教える側」「教えられる側」双方にとって、感覚的な差異が発生してしまう状態は、今後の経営において最も避けなければならないことでしょう。

今日から取り組めるティーチング手法

鈴木氏によると、昨今はOJTさえやっておけばいいという会社が多いそうです。

いきなり現場研修に行かされても、何をやればいいのかわからないというのが新人の本音でしょう。

また、OFF-JTでビジョンを伝え、関係性を作ってから進めていこうとする企業も見られますが、世代間格差でそれさえうまくいかないことも多いのです。

この悪循環は、人事部や管理職といった「研修をする側の人」の存在が先にあることに起因しています。そもそも研修とは「新人が今後会社を担っていくための手段を伝えるもの」です。世代間格差が顕在化してきている今、「誰が何を教えるのか」という構造そのものから抜本的に見直していく必要があるのです。その中心になるのが、鈴木氏の言う「新しいティーチング手法」になります。

若手に教育係を任せるティーチング手法

新しいティーチング手法とは、「若手に新人の教育係を任せるという手法」です。

この手法をお伝えしたときにすんなりと受け入れられたことはないと鈴木氏は言います。

上司や教育係、上の方々からは「経験のない若者に任せて大丈夫なのか」という声が、若者からは「やるべき仕事がたくさんある中で新人教育まで手が回らないんじゃないか」と言った声が必ず聞こえてくるそうです。

このような声が聞こえてくるのは、ティーチングに対して間違った考え方が定着しているためです。

①しっかりと「ティーチング」について話し合う

「経験のない若者にティーチングを任せられない」という人は、業務経験が長ければ長いほどティーチングが上手いという勘違いをしているのです。ティーチングはしっかりと練習しないと上達しません。ここをしっかり理解しておく必要があります。

だからといっていきなりティーチングをやってみろと言われてできる人はいないでしょう。

まずは教育係や上司が若者社員と「新人のティーチングについて」話し合うことが必要です。

「どのようなことをやるのか」

「時間がない中でどこまでできるか」

「トレーナーとは何か」

「マネージャーとは何か」

このような話をしていく中で意識が育っていき、若手社員の中に「ティーチング」に対してのビジョンが作られていきます。このような過程を経て、意欲がとても高まっていくのです。

また上司や教育係、若手社員で課題に取り組むため共通の話題が生まれてくるようになります。「私の話を聞いてください」という会話が始まるようになり、意見を育てる場にもなります。

上司や教育係も「若手の意見を聞く」という機会になり、その重要性を学ぶことができます。これこそ教育係、若手、新人がそれぞれ次のステップに進むために必要なことなのです。新人だけの育成だけではなく、若手や教育係の育成などのさまざまな層の成長につながります。

②コミュニケーションの練習をする

ティーチングに関しての理解が深まったら、続いてはコミュニケーション技術を学んでいきます。コミュニケーションとは「話す・聴く・伝える」技術です。

仕事の現場では、コミュニケーションが一番大事なスキルだと言われているにも関わらず、コミュニケーションの技術を磨いている職場はほとんどありません。

実は、コミュニケーション技術を磨くための練習はとても簡単。発信者と受信者に分かれて伝達ゲームのように、モノを伝える練習をすればよいのです。

例えば、「揺らめいている旗」を言葉でしっかりと伝え、発信者が見ているものと同じものを受信者が描くことができますか?

実際に私の研修で出たのは「風に揺れている四角いもの」や「妖怪一反木綿のようなもの」「Windowsのマーク」から「ベビースターラーメンの形」という様々な表現の言葉。この言葉からしっかりと想像できますか?

普段指示を受ける側にいる若手社員ですと、指示を伝達する側の大変さを忘れてしまいます。逆に普段指示を出す側にいると、指示を受ける側の視点をいつのまにか忘れてしまいます。伝達ゲームを通して指示を出す側と受ける側の認識の違いを理解できるのです。

これにより、若手社員は指示を出す側の目線を理解することにもつながり、普段の業務も要点を掴んでさまざまなところで時間短縮につながります。新人を教育することは、業務を進めていく上で必要なスキルを身につけることにもつながります。

ティーチングとはこのように次の代にバトンをつないでいくことなのです。

「今後の会社を担っていく人材を育成したい」という目標に立ち返ったとき、その育成を担う人材も育てていかなければならないという視点が多くの企業で欠如しています。これを変えるためにも、「長年仕事に従事した年長者が教育する」という構造を、「若手が新人に教える」という形にシフトしていくことが最も効果的だと考えています。

世代が近いため、感覚も似ていたり、若手は新人の悩むことが理解しやすかったりという、世代間格差を抑えられるという大きなメリットがあります。

読者へのメッセージ

若者の意識や価値観が多様化している現代は、ティーチング、研修制度が変わっていく転換期であると言えます。「若手に新人を育てさせる」というビジョンはようやく大手企業の中に芽生え始めたという感覚があります。中小企業に関してはコストの関係からすぐには取り組めないという意見も多く見られますが、このような「新しい手法」があることを知っておくことだけでも変わってくると思います。

少子高齢化の波で今後益々「若手の重要度」は上がっていきます。しかも経営層とは世代間格差が広がっていくという現状の中で、「若手がうまく育たない」という課題は一刻も早く解決しなければならないでしょう。

 

鈴木 孝二(Koi Suzuki
株式会社 ヴァーテックスジャパン 代表取締役社長
会社URL:https://vertexjp.co.jp/
埼玉県戸田市本町3-5-23