この記事では企業における「人材育成のポイント」について、日本中央社会保険労務士事務所代表 内海正人さんの書籍『会社で活躍する人が辞めないしくみ』よりご紹介します。

人材育成の必要性

人材育成のポイントを詳しく解説する前に、そもそもなぜ企業にとって人材育成が必要なのかを確認しておきましょう。

優秀な人材は外部からはやってこない

「スキルがずば抜けて高く、前職ではキラ星のように活躍していた」「ヘッドハンティングして、大手企業からスカウトした」「業界で伝説のような人材が当社に入ってくれる」

こんなふれ込みで入社した社員が入社後、同じようなパフォーマンス、前評判以上のパフォーマンスで活躍した例を見たことはありません。

「当社でも期待通りの活躍をしてくれました!」という話もほとんど聞いたことがありません。

これは、そもそも本当に優秀な人材を会社は簡単に手放さないということがあります。また、本人も前の会社と何かあるから移ってきているのです。それと、優秀な人材を採用するためにコストをかけるのであれば、社内で優秀な人材を育てることの方が理にかなっているし、可能性も高いのです。

現在いる社員は会社の理念や仕組みを理解している

時間はかかるかもしれませんが、優秀な人材が育ち始めた会社は骨太な組織となっていくでしょう。そして、社内で育った優秀な人材は会社に大きく貢献してくれるのです。

そもそも、現在いる社員は会社の理念や仕組みを理解している社員だから、外部からスカウトしたスキルの高い人物よりも会社組織への理解度が違います。

もしかしたら、才能の原石が社内に隠れているのかもしれません。原石は自ら輝くことは難しく、磨かないとその才能の光を放つことが難しいのです。こういう目を持って、経営者も上司も今いる社員を見直してみることをおすすめします。特に、社員の特性を客観的に理解すれば、何に向いているのかがわかるはずです。この見方を間違えないで、原石探しを始めてください。できる社員は会社が育て上げるものなのです。

人材育成5つのポイント

ここからは、実際に人材を育てる時のポイントを次の5つに分けて解説します。

人材育成のポイント
  • 会社で何をするか、をブレさせない
  • 長所を伸ばす
  • 人材教育をマニュアル化する
  • 報連相ができるチームをつくる
  • 部下にねぎらいの言葉をかける

会社で何をするか、をブレさせない

会社は新卒採用、中途採用など新たに人を採用したときに教育をしないといけません。もちろん、新卒採用と中途のキャリア入社などではその内容は異なりますが、一番重要なことはこの会社で何をするか、ということをきちんと伝えることです。「そんなの入社前にわかっているはずだ」「そんなこともわからずに入社しているのか」と言われそうですが、ここがブレていると、新人から「こんなはずではなかった」と言われてしまいます。

新入社員の場合は、今までの学生という立場から社会人という立場に変わります。昨今の就職活動では、社会人としてのビジネスマナーなどのセミナーが行われていますが、入社後は、その会社なりの理念、考え方、マナーなどを伝える必要があるのです。一般的にはビジネスマナーも含めたヒューマンスキルのことです。社会人としての経験がない新入社員の場合は、ビジネスマナーとして基礎的な社会人としてのふるまいなど色々なことを伝えるのです。具体的には以下となります。

新入社員に伝えるべきこと
  • 学生から社会人への意識の変革
  • 自立心
  • コミュニケーション能力
  • サービスや奉仕の考え方
  • 企業倫理
  • チームワーク
  • 協調性
  • 責任感
  • 表現力
  • 判断力
  • 忍耐力
  • 競争意識 など

基本的な要件を挙げました。今までの学生生活とは違う、社会人としての基礎を身に付けて欲しい旨を根気強く伝えていくのです。さらに社会人として生きていくための実践的スキルは以下となります。

社会人に必要な実践的スキル
  • 仕事の進め方
  • 仕事の効率性
  • 説得力、交渉力
  • 論理的思考
  • ITスキル
  • 文章力
  • 金融知識、法律知識、財務知識、営業知識 など

「こんなの当たり前なので、入社前に身に付けて欲しい」と思う方もいるでしょうし、実際にすべてではないにせよ身に付けて入社する人もいるでしょう。しかし、あえて自社の考えをベースに伝えることが大切なのです。ここで働く目的を認識させることが大切なのです。家に例えると、ここは床や壁の部分です。ここがもろいと安心して住めない家になってしまいます。できる社員となってもらうためにも絶対に押さえておきたいところです。

これらのスキルを身に付けてもらい、最終的には、経営者の想いを新入社員に意識付けることが重要なのです。この際に重要なことは、会社として、経営者として、「何が大切なことで、どんなことが優先されるのかということ」です。例えば、経営者の想いとして「社会貢献」というキーワードが出てきたとしましょう。どのような貢献の仕方をするのか、誰に対してするのかなど、それぞれの会社でその対象は異なるのです。そこを「当社は○○が対象です」ときっぱりと言えて、伝えることが会社の方針であり、考えであり、向かうべき方向なのです。これを伝え、浸透させることがとても重要です。

さらに、経営者はこのような話をするとき、会社全体から物事を伝えようとするので、抽象的になりがちです。新入社員はこのギャップに戸惑ってしまいますが、このギャップを埋めるのは、マネージャーの役目です。マネージャーのほうがそれぞれの部下である新入社員に近いため、経営者の言葉を、現場サイドの具体的事例などに置き換えることができるからです。

もし、会社の方針、方向性と社員自身の考えが同じなら、社員はそう簡単に辞めてはいきません。ましてや、できる社員ほど理解度が深いからです。仮に今の配属に不満だったとしても、できる社員ならば長期的な視野に立って納得してくれるはずです。

長所を伸ばす

「給料泥棒」といわれる社員が、あなたの会社にもいませんか?社長や上司から見て、売上が上げられないためにコストとなって、経費ばかり掛かって思わず「給料泥棒!」と叫びたくなる社員です。どの会社にも必ずいます。放置しておいては、会社のためにならないのはもちろん、本人のためにもなりません。

では、どのようにして教育していけばよいのでしょうか。

教育といってもいろいろな方法があります。例えば「厳しく叱るか、優しく導くか」それとも「長所を伸ばすか、短所を直すか」などです。学校教育では厳しく教わり、短所を克服しろ、と習ってきました。

私は昨今のビジネス環境においては短所を直すよりまず、長所を伸ばすという方法を推します。「好きこそ物の上手なれ」と諺でもあるとおり、この方法が一番だと考えます。

実際、私も部下が給料泥棒に見えていた時期がありました。本人の口から出るのは有給休暇、給料という働く条件ばかりでした。権利主張が鼻についたのです。そして、社長である私自身は細かい行動や目に付いた出来事を一つ一つ注意していました。こうなると、注意する方もされる方も参ってしまいます。お互いの感情も悪化しますし、怒られている本人も私を避けるようになっていました。コミュニケーションどころではなく、その部下は心を閉ざしてしまうようにいつしかなっていたのです。

私もイライラするし、本人も脅えて、話す声も小さくなっていきました。こうなると悪循環です。こうした状況下でいきなり「有給休暇を下さい」と言われてしまうと、社長の私には「権利意識だけは強くて……」「休むときだけ自己主張……」と感じてしまいます。こうなると最悪です。あとは平行線が続き、どこかのタイミングで解雇や退職を促す発言が出てきます。

こうなってしまう前の日々の指導が重要です。やはり、何か不都合が起こった瞬間に注意することを心掛けましょう。

注意する時のポイントとしては、その人の「どの行動が問題だったのか」を考えることです。人格ではなく行動に対しての注意であれば、事実が客観的です。また、指摘される側も行動についてうながされるので、納得感があります。行動に対して、良い、悪いの判断をして、良い行動があったときには褒めてあげましょう。長所を伸ばすことによって自信がつくようになると、自分のアイデアを出してくるようになるのです。そうなると、仕事へのモチベーションが変わります。仮に、自己主張が強い社員の場合、良くも悪くもしっかりした自分を持っているはずです。敵対の関係では角を突き合わせることしかできなかったのですが、協力関係になれば、頼れるパートナーに変身することもよくあります。

社員も自分の状況が好転していると感じれば仕事も変わります。そして、周りの評価も変わってきます。こうなると正のスパイラルになり、どんどんと育っていきます。このようなきっかけで、給料泥棒に見えていた部下が大きく変わることもあるのです。

私の場合も社員の行動について、良い行動、悪い行動を客観的に伝えることを行うようにしていて、良い行動については、きちんと褒めることを忘れずに実行しました。こうなるまでは「この人には辞めて欲しい……」と思っていましたが「ずっと一緒に働いていて欲しい」という感情に変わっていきました。本人もここで長く働きたいと話してくれたのです。見方一つで、人間関係が変わり、仕事に対しての意識も変わることで、仕事の業績も大きく変わっていくのです。

人材教育をマニュアル化する

ここ数年、「見える化」という言葉をよく聞きます。誰が見てもその中身を理解することができて、納得性が高まるということでしょう。

多くの会社では配属先の先輩社員が集中して新人を教育するOJTが行われています。教育係となった社員からは「新入社員教育は難しい」「新人に仕事を教えるのは大変だ」という声をよく聞きます。

なぜ難しく感じるのかというと、先輩社員が仕事を理解していない新入社員に対して、何をどこから教えたらよいものかわからないからだそうです。仕事を知っている人にはイロハのイでも、理解できないことがたくさんあります。何年も新人の教育係を行う社員はその面倒にも慣れましたと話しますが、毎年、似たようなことが繰り返されるので早く卒業したいとお話しされていました。

実はここに問題解決のヒントがあります。この会社では、毎年の新人教育のすべてが特定の教育係の経験に依拠していました。このような形式の新人教育をマニュアル化することで、誰もが新人教育を担当できるようになるのです。

ある会計事務所の事例もお話ししましょう。今までは新人が入社すると、マネージャーが事務所の入室の仕方、退室の仕方、書類の管理の仕方、申請書の書き方などを伝えていました。しかし、これらを「見える化」し新人入社時のマニュアルを作成したところ、総務の担当者が新人にその方法を伝えるだけで、スムーズに習得できたのです。マネージャーの手間も省けますし、総務の担当者は決まった流れで、新人を迎えるのでストレスなく事が進むようになったのです。

このように人材育成のマニュアルを「見える化」すれば、教える側の品質が均一となり、教育する先輩社員のスキルに依存しなくてもよくなります。こうなると冒頭の会社の先輩社員は少し寂しい気もするが、ストレスが激減したと言っていました。今までは、新人を押し付けられたという気持ちが強かったのですが、マニュアル化後は、業務の一環としてまわりも認識してくれたので報われる気がしたとも話していました。

新人教育は、会社に対する印象を最初に決めるものでもあり、その意味でも重要です。

マニュアル化して、どの社員でも携われるようにし、計画的な育成に取り組みましょう。

報連相ができるチームをつくる

報連相とは報告、連絡、相談のことです。ほとんどの上司が部下に求めることですが、できない部下が多いのも事実です。コンサルティングの現場で、こうした話をよく聞きます。

原因を探ってみると、部下が何が報告で何が連絡か、いつ相談していいかがわからないとのことでした。これも挨拶と同様、コミュニケーション不足が原因かもしれません。

ここで整理をしましょう。

報連相の定義
報告
任務を与えられた者が、その経過や結果などを任命者に対し述べること
連絡
気持ちや考えなどを知らせること
相談
問題の解決のために話し合ったり、他人の意見を聞いたりすること

報連相を部下に理解してもらうポイントは5つあります。

1つ目には、この定義を部下に理解してもらうことです。

2つ目には、話を聞く環境を整えることです。コミュニケーション不足ということであれば、経営者やリーダーであるあなたが、積極的に社員や部下へアプローチし、話を真剣に聞きましょう。相手は、あなたの聞く姿勢で本気かどうかを判断します。何か手を動かしながら耳だけで聞いているような場合、部下は「本当に私の話を真剣に受け止めてくれるのか」と疑ってかかるでしょう。部下の話を聞くために手を止めるのはほんの数分です。通常手が動いているか否かで、仕事の結果が大きく変わることはありません。

3つ目に、次のことに気を付けて聞きましょう。

  • 目を見て話を聞く(恥ずかしがっては駄目です)
  • 姿勢を整える(相手と向かい合う)
  • 本当に忙しかったら改めて時間をとる(理由をきちんと伝える)

4つ目に、報告、連絡、相談としてきちんとした話をすることを意識させるのです。要な話のときは「大事な話があるので……」と部下が言える雰囲気を作らないといけません。

5つ目に、悪い状態に陥っていても報告させ、部下に抱えさせず、一緒に取り組むことが重要です。部下に当たり散らすなどもってのほかです。

もし、以上の5点ができないとあなたは裸の王様になってしまうでしょう。必要なときに必要な報告が上がってこなければ、判断に誤りが出ますし、また、いい情報しか上がってこないと会社の舵取りを間違えます。よって、部下の報連相にきちんと対応することは容易ではないかもしれませんが、感情に左右されずに方向性をきちんとつけなければならないのです。

また、部下に報連相の習慣を植え付けるための一番の方法は、上司から部下への報連相でしょう。部下に対してお手本となるように姿勢を示し、どんなに小さなことでもあえて部下に報告しましょう。地味なことですが、とても重要なポイントです。これが部下に対する教育の近道となるのです。また、報連相はコミュニケーションの原点です。ここをきっかけに部下との接点を広げるのも一つの作戦ですね。

部下にねぎらいの言葉をかける

仕事を任せる場合、業種や職種によりますが、部下が行う仕事が最終的にどのような成果になるかを伝えてから仕事を任せましょう。

そのことにより、どの部分を担当するという理解が深まるのですが、それ以上に、仕事に向かい合うきっかけとなるからです。

単なる作業だとこの意識は向きませんので、仕事の意義を伝えてから任せるようにしましょう。そのためには上司としてやるべきことがあります。それは、部下の仕事を適正に評価することです。評価することは当たり前かもしれませんが、部下がこなした成果に対するねぎらいの声がけは必ず必要です。

人は誰でも人から認められたいものです。どんなにすばらしい仕事をしても、どんなにすごい結果を残しても、それを見てくれている人がいないとやりがいは生まれません。

私がコンサルタントを始めたばかりの頃のエピソードです。私には友人がいましたが、一人で行うビジネスなので誰も私を評価をしてくれることはありませんでした。

「頑張って新規のお客様との取引が始まる」「売り上げも日に日にアップしている」。しかし、仕事での直接的な評価はもちろんありませんでした。

そのとき、組織で仕事をしていると当たり前に課長や部長が「頑張っているね!」とよく声をかけてくれていたことを思い出しました。当時も「課長や部長は私の仕事を見てくれているんだ」と感じていましたが、それ以上にもっと暖かく見守っていてくれていたんだと後になって気づきました。

そのためには部下への声がけから始めましょう。

接触頻度が上がりコミュニケーションから仕事の報告が生まれるようになるのです。このように仕事の意義を部下に伝え、その後は部下のことを見守ってあげ成果に結びつけることが上司の重要な役目なのです。そして、これ自体が人材教育であり、人材育成ということなのです。

さいごに

記事の内容をさらに知りたい方はこちらの本をお読みください。

会社で活躍する人が辞めないしくみ


会社で活躍する人が辞めないしくみ

AMAZONで見る

 

内海正人

日本中央社会保険労務士事務所代表https://www.roumu55.com/
人事コンサルタント・特定社会保険労務士。人材マネジメントや人事コンサルティング及びセミナーを業務の中心として展開。現実的な解決策の提示を行うエキスパートとして多くのクライアントを持つ。著書に『今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。

Facebook:masato.utsumi1


【参考】内海正人.
今すぐ売上・利益を上げる上手な人の採り方・辞めさせ方