この記事では、新たな市場を生み出す「ポジショニング戦略」について、アートディレクターのウジトモコさんが著書『あらゆる問題解決の糸口になる視覚マーケティング戦略』を元に解説します。

ウジトモコ

ウジパブリシティー代表取締役
アートディレクター。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後、広告代理店および制作会社にて三菱電機、日清食品、服部セイコーなど大手企業のクリエイティブを担当。1994年 ウジパブリシティー設立。

カフェ業界におけるポジショニング戦略の例

ブランド力を打ち出す際に失敗しない一番良い方法は、自社のブランドとセットで「新しいカテゴリ(市場)」を生み出すことです。

よく知られているカフェ業界を例に、「新しいカテゴリ(市場)」の形成例を見てみましょう。

スターバックスコーヒーのブランド力

お洒落なデザインと「サードプレイス」という戦略で世界の市場をほぼ独占したスターバックスは、ブランドとして周知されている良い例でしょう。飲食店によくあるセルフサービスのお茶などは食事代に含まれるのに対し、スターバックスのようなカフェのコーヒーは、コーヒー代に場所代が含まれています。

つまり、カフェでのくつろぎやリフレッシュといったものがコーヒー代とセットになっているので高いのです。

カフェの料金 セルフサービスのお茶

スターバックスに追随しようとして同じような雰囲気、同じようなビジネスモデルにしても、ブランドとして強くなりません。競合相手は全世界を席巻するブランドですし、「スタバ風」「スタバのまねっこ」と言われるのは目に見えています。

「BLUE BOTTLE COFFEE」のポジショニング戦略

ところが、いま全米でスターバックスの地位を脅かす新しい波が来ているのです。その波の発端がシリコンバレー発のコーヒーブランド「BLUE BOTTLE COFFEE」です。

よりコーヒーの味を楽しみたいユーザー向け

このブランドは、「サードウェイブ」という新しい考え方を持っています。ハンドドリップで一杯ずつ丁寧に淹れていくスタイルで、地域密着型の店作りが特徴です。よりコーヒーの味を楽しみたいユーザーに人気で、彼らの憩いの場になっているのです。

もちろん、アイキャッチである謳い文句は「ハンドドリップコーヒー」という商品名ではなくて『BLUE BOTTLE COFFEE』、そしてお洒落なブルーボトルのロゴマークです。

日本の伝統的なこだわり喫茶店に影響を受けたと言われ、スターバックスとは違う価値の軸を打ち出して、シリコンバレーのビジネスエグゼクティブの心をつかみました。そして、2014年には日本にも上陸しました。

綿密なポジショニングで競合ブランドと差別化

大ヒット商品を生み出した競合ブランドと差別化を図るために、ポジショニングを綿密に考えて新しい市場を作り出したBLUE BOTTLE COFFEE。サードウェイブというブランド戦略で違いを打ち出し、市場がかぶらないように考えられています。

デザインの面でも、「スターバックス」とかぶらないように注意されています。スターバックスのロゴマークは、やや深めの緑がキーカラーでシンボルは「セイレーン」という女神です。このイメージとかぶらないようにBLUE BOTTLE COFFEE のロゴマークは明るい濁りのないブルーをキーカラーにし、シンボルデザインは「BLUE BOTTLE」と、神話と無関係なグラフィックデザインを用いました。コーヒーブランドの新しい潮流としてビジネスモデルの違いを明確に表現するため、スターバックスとは対極のロゴにしています。

大ヒット商品の反対側は、新たな市場が生まれる可能性が高い

マーケットのないところにヒット商品は生まれませんが、大ヒット商品やブランドの反対側、反体制となると、それらとの違いを明確に打ち出すことができ、新たな市場が生まれる可能性は大きくなります。

ここで確認しておきたいことは、どんなポジションに身を置く場合でも、スターバックスにしてもBLUE BOTTELE COFFEE にしても、デザインはもちろんのこと、ブランドが意味するものやその設定についても、マーケティングと絡み合った市場戦略が含まれているということです。

「良いデザイン」とは

「かごしまデザインアカデミー」というデザイナーやクリエイターを養成するプロジェクトで教育講座を担当させていただいているのですが、行政や地域も関わっている事業だけにしばしば取りざたされるのが「良いデザイン」という言葉です。

「良いデザイン」とは、いったいどのようなデザインのことでしょうか。

多くの経営者やビジネスマンはデザインすることによって売り上げが上がることを期待しています。一方で、デザイナーの多くは、デザイナーにとっての“良いデザイン”をしたいと望んでいます。

原価に対して高い売値がキープされている状態

この2つを同時に満たし、かつそれが中長期的に続き、しかも年々、市場が広く深くなっていく状態のことを私たちは「ブランド力のある商品ですね」と言います。いわゆる、原価に対して高い売値がキープされている状態です。これが、「良いデザイン」だと言えるでしょう。

デザイナーにとっての“良いデザイン”を実装しただけで、売値が上がったり、市場が拡大したりすることはほぼありません。ですから、企業の経営者、ビジネスマンはマーケティングの要素とデザインをうまく組み合せるという考え方を持つことが重要です。

ダイソンのポジショニング戦略

2013年のヒット商品にダイソン社の「羽のない扇風機」があります。扇風機は、その名の通り、風を起こす羽がまわっています。しかし、小さな子どもが扇風機に近づき、指を羽に挟まれてしまう事故が多発していました。

羽によって子どもが指を挟まれる危険性を解決

そこでダイソン社は、羽がなくても風が吹く仕組みとデザインを考案し、商品化しました。これまでの扇風機とはまったく見た目を変えることから仕組みそのものに変化を起こした結果、羽によって子どもが指を挟まれる危険性が、見事に解決されました。

「良いデザイン」とは、まさにこれにあたります。デザインと技術が融合し、新しい価値が生まれ、それに伴い市場までもが生まれています。

デザインを問題解決の手段として捉える

デザインの変更によって仕様や仕組みに大きな変化がもたらされるとき、「市場にとって新しい価値」が生まれ、それは今までの値付けに引っぱられないものになる可能性が高くなります。新しい価値をデザインするとは、これまでに顕在化していたのに解決されることのなかった問題を解決する内部的な構造の変化をもたらすデザインです。

経営者や企業のビジネスマンはデザインを問題解決の手段として捉えることが必要です。そういった思考ができるようになったとき、ダイソンと同じように、市場にとって新しい価値を生み出してくれる企業として、ブランド力で勝負できる、価格競争とは無縁の企業になることができるでしょう。

さいごに

この記事ではウジトモコさんの著書より、新たな市場を生み出す「ポジショニング戦略」について、事例をもとに解説しました。

この記事のポイント
  • 「BLUE BOTTLE COFFEE」は、よりコーヒーの味を楽しみたいユーザーをターゲットに、スターバックスコーヒーとの差別化を図ることで、新しい市場を生み出すことに成功しました。
  • 「ダイソン」は、デザインと技術によって「子どもが指を挟まれる危険性」を解決し、市場に新しい価値を生み出しました。
  • 「良いデザイン」とは、原価に対して高い売値がキープされている状態のこと。

 

 

あらゆる問題解決の糸口になる
視覚マーケティング戦略


あらゆる問題解決の糸口になる視覚マーケティング戦略

書籍『視覚マーケティング戦略』は今回ご紹介した内容の他にも、「売上が上がらない」「良い人材が確保できない」など、様々な課題を解決するためのヒントが紹介されている本です。ウジトモコさんのクライアントの事例などをもとに、問題解決の手法が分かりやすく解説されています。

AMAZONで見る