良い取引は、良い契約から始まります。取引先と良好な関係をスタートするためには、お互いにとって良い契約を結ぶための交渉も欠かせません。

そこで今回は、税理士 岩松正記さんの著書『誰からも「取引したい」と言われる会社の条件』から一部を抜粋し、”相手にとって重要な取引先になるコツ”をご紹介します。

岩松正記(税理士 東北税理士会仙台北支部所属)

山一證券の営業、アイリスオーヤマの財務・マーケティング、ベンチャー企業の上場担当役員、税理士事務所勤務を得て、10年間に転職4回と無一文を経験後に独立。開業5年で102件関与と業界平均の3倍を達成し、現在は紹介のみを受け付けるスタイルで活動している。

相手にとって重要な取引先になるコツ

取引はお互い様、両方に得がなければそもそも成立しないものだし成立させてはいけないものだともいえます。取引を続ければ続けるほど片方は儲かるがもう片方は損が拡大して行く。そういうのは取引ではありません。取引とはビジネスなのですから、利益が出ない取引はしてはいけない。だから取引条件というのは、本来は対等でなければならないものなのですね。

しかし現実には、どちらか一方が主導権を握っている場合がほとんど。こちらから売り込む場合ならお金を払う先方の意見に従わなければならない場合が多く、大手からモノを仕入れる商売をやっている場合などは、こちらは商品を納めてもらう立場になるので、逆にお金を支払う側が強いとも言えません。

いずれにしても、納入価格にしても入金や支払いの条件にしても、相手との交渉が非常に重要になるのですが、その際、どうやったら対等な交渉ができるのか。対等とまでは言えなくても少しでもこちらに都合のいい条件を引き出すにはどうしたらいいのか。ここが悩むところです。

交渉ごとの基本はいかに相手の問題解決をしてこちらに有利にするかなのですが、もっと具体的に言えば、こちら側がどうにかして先方にとって重要な取引先になることが交渉力を高めるカギとなる場合が多い。つまり「おたくに言われちゃ仕方ないね」と言われるくらい、相手に気にかけてもらえるような立場になることが先決なのですね。

相手にとって重要な取引先になるということはすなわち、相手の取引額の中におけるシェアを高めるということです。理想なのは、こちらの商品なりサービスなりが無ければ先方の商売が成り立たなくなる、もしくは運営が厳しくなる、ということ。たとえば使っている食材が農家から直で仕入ていて無農薬で安全だと売り物にしているショップの場合、農家が値上げを申し入れてきたら従わざるを得ない。なぜなら、農家が生産品を納品しないと言ったらその時点でビジネスが成り立たなくなるからです。つまり、こちらにとって農家は最重要な取引先であるから。農家の言いなりになりたくなければ、他の仕入先を開拓しなければなりません。

逆にこのショップが飲食店に商品を卸している場合、その飲食店にとってはこちらが重要な仕入れ先ですから、こちらが値上げを申し入れればそれに応じてくれる可能性は大でしょう。しかし、それによって先方がもっと安く購入できる新しい仕入先を開拓し、そちらと取引するようになってしまったら、当然にこちらの売上が激減してしまうことでしょう。

いずれにしても、取引相手にとってこちらはどのような立場にあるのか。たったひとつの納入先なのか、それとも数ある取引先の中のひとつなのか。それによって条件は大きく変わります。

そうなるとやはり、相手にとって重要な取引先になればなるほど、交渉は有利に進めることができるに違いありません。重要な取引先とは、相手先の取引量に占めるこちらの納品額の割合が高ければ高いほどいいのですが、その他には、代替が効かない商品なりサービスを提供している場合も含まれます。

相手にとって代え難い取引先になる。そうすれば交渉の場においても主導権を握ることが可能です。それを上手に利用するのが大手スーパーや小売店で、大量に仕入れるから大幅に値引きしてくれ、などと言われたことのある営業担当は多いはず。中小企業ならなおさら、大手業者へ納品できればグンと売上高が増えるため、取引量を増やすためについ安易な価格交渉に応じてしまいがちです。これは向こうの発注量がこちら側の売上にとって大きい割合になることが向こうはわかっているので、強気な交渉をしてくるわけですね。それに乗ってしまうと、売上は上がるものの利益が出なくなってしまいます。つまりは、向こうにとってこちらは単なる一業者ですので、当然と言えば当然の扱いを受けているということなんです。

自分がお金を払う際もまったく同じことです。要するに、交渉力の源は、相手を失ってもいいのかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。取引相手を失いたくなれば当然に価格交渉等には乗ってくるでしょうし、失ってもいいレベルの取引先であれば長居は無用でしょう。

どうやって相手にとって重要な取引先になって行くのか。これは取引量を増やすだけでなく、取引期間も長くなり、加えて担当者レベルだけでなく、場合によってはトップどうしでも緊密な人間関係を構築する。それらいろいろな要素を持って、相手先から無くてはならない存在になるわけですね。こうやって培った関係は、そう簡単には崩れないはずです。

転んでもタダじゃ起きない交渉上手のやり方

経営者に対し危機対応を指導するコンサルタントが、ある企業グループオーナーから依頼を受けたときの話です。テレビでの謝罪会見に見られるように、いざというときの対応が会社の存亡にまで影響を及ぼすことがあることから、そのコンサルタントはあちこちの企業から引っ張りだこで忙しい毎日を送っていました。あるとき、先の企業グループオーナーから仕事の依頼を受け、その内容やスケジュールについて打ち合わせをしたときの話です。コンサルタントはそのオーナーと月15万円でコンサル契約を結んだのですが、ふと自分の経営の悩みをオーナーに漏らしたところ、「じゃあ私が月1回、コンサル時に経営指導するというのはいかがでしょう?」と逆提案を受け、月10万円でコンサル契約を結んだとのこと。で、後からよくよく考えれば、差し引きで5万円しか入ってこない。そのコンサルタントは悶々としなかがらもオーナーに対する指導を続け、逆に指導を受けているそうです。

コンサルタントにしてみれば、定価の3分の1で指導をさせられているようなものですね。ただ、オーナーにしてみればどうしても指導は受けたかった。でも、料金はやや不満だった、ということなのでしょう。それでこのような提案をしたのでしょうが、さすがとしか言いようがありません。ただ、このコンサルタントにしてみても、オーナーから直接指導を受けれるということで、何かしらプラスになることを学べるのは間違いありません。その意味では。どちらにとってもメリットがある取引であったと言えるでしょう。

ここまで上手くやるオーナーに脱帽ですが、これほどまででなくても、そもそもの発想が、どうやったら「相手の役に立つ」ということから始まっている点には注目すべきでしょう。参考になる交渉法ではないでしょうか。

社長が交渉の場に出ない

社長というのは会社のトップですから、言うまでもなく最終決定者なんですね。

だから最後に決めるのは社長。上場企業だって社長の判断で会社が動くんだから、中小零細企業だったらなおさら、社長の判断で会社が左右されるのは当然です。

だから取引の場において、たとえばすごく厳しい条件を要求されたときなんかは、担当者は決して即答せず、「上に聞いてきます」と答えるのが正解。「担当者が判断できないのか!」と叱られたとしても、組織に所属している人間であれば、自分の一挙手一投足が組織のそれと同一と見られるのですから、悩んだら即決せず、持ち帰って上司の判断を仰ぐのがよろしいんですね。

組織つまり会社だったら、よほどのことがなければ社長が商談に出てくるなんてことはありません。それこそもう段取りがついていてあとはトップ同士の面談で終わり、なんてことならともかく、普通は社長が取引先に行くのは挨拶回りくらいなもので、商談の席というのはあり得ませんし、むしろあってはならないんですね。

取引相手からすれば、最高権力者が交渉の場にいたら、そりゃ当然結論を求めるに違いありません。社長には当然「上司に聞いてきます」は通用しないので、そもそも商談の場に最終決定者が出てきてはいけないのですね。

では、フリーランスとか個人事業、一人会社だったらどうしたらいいか。もし無理難題を吹っかけられたら即、「持ち帰って検討後、回答します」が正解。向こうは当然に即答を求めてくるでしょうけど、それに乗っちゃあイカンのですね。

そもそも取引の交渉というのは主導権争いなんです。どっちが有利に話を進めるか有利な条件に持ってくるかが重要なんですから、なるべく不利な状況に持って行かないことが交渉の基本。交渉においては、その場所だっていくらでも有利になるようなところにセッティングしなければならないんですね。だから、たとえば弁護士なんかは必ず自分の事務所に相手を呼んで打ち合わせをしますよね。弁護士が出向くなんてのは聞いたことがない。これは交渉を有利に進めるためなんです。心理的にも自分のテリトリーでやった方が優位に立つのはいうまでもありません。もちろん、弁護士の場合は打ち合わせ内容を録音とかされないように自分の事務所から出ないんだ、なんて聞いたこともありますけど、それはさて置いても、自分の事務所や会社で打ち合わせをすると心理的に優位になるというのは、交渉する際に絶対に忘れてはいけないことなんです。できるだけ自分のテリトリーで交渉するようこころがける。実は、これだけでも取引の成約率は高まるんですね。

しかしながら、営業だったらこちらから出向いて行くのは当然のことが多いので、必然的に相手テリトリーで勝負することになるわけです。そういうときは、やはり「持ち帰る」よう心がける。特に、決定権者がのこのこ出向いていくようなことは、なるべくしない。どんな悪い条件でも取引したければ別ですが。

もちろん、社長が出向いて行ったからこそ取引が成立した、なんてことだってあります。有名なのは「俺は、中小企業のおやじ」(日本経済新聞出版社)でスズキの鈴木修会長が言っていたように、インドでスズキが圧倒的なシェアを取れるきっかけになったのは、数ある自動車メーカーの中で唯一、鈴木会長だけがインドを訪問したからだと言われています。大企業のトップがわざわざ出向いたことで相手の心を動かしたわけですね。要は、一律にどうだというのではなく、相手を見て出て行く状況を考える、ということなのです。

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