この記事では、図上演習を経営に活用する方法について、『知らないと損をする経営トップのための「図上演習」活用術』を元に解説します。

【書籍】『知らないと損をする経営トップのための「図上演習」活用術』
【著者】 林祐 
株式会社イージスクライシマネジメント代表取締役

図上演習について知ろう

毎年、9月の防災の日になるとテレビを賑わせるのが図上演習です。首相が防災服に身を包み、官邸の地下に設けられた危機管理センターでコンピュータのモニターを前にして何らかの指示を与えている様子が報道されます。私たちがニュースなどでよく見るのがこのように防災などに関して行われる図上演習なので危機管理のための訓練方法だと思われがちですが、そうではありません。

図上演習は新製品開発の検討やオリンピックの開催といった大きな行事の運営などにも用いることができます。実に多様な目的に使うことができる手法であり、この手法を知っているかいないかで経営の効率が何倍も違ってくるほど効果的なものなのです。

図上演習ってなんだろう?

図上演習とは、実際に参加者が体を動かすことなく、模擬的な状況を想定して企業で行う訓練のことです。図上演習は軍隊では古くからおこなわれています。作戦計画を立てる際に、その仕上げとして図上演習を行い、青軍と赤軍に分かれて机上で戦ってみて問題点を抽出したり、戦果と損害についての見積もりを立てたりしています。

現在、各自衛隊でもさまざまな規模で日常的に行われており、その規模は、数人で机上でサイコロを振りながら行うものから、数十億円もする図上演習装置を使って数百人がかりで行うものまでさまざまです。

図上演習を経営に活かす

図上演習の概要をご理解頂いたところで、それが経営に具体的にどのように生かすことができるのかについてお話を進めていきます。図上演習を用いることが出来る分野は危機管理だけに留まりません。

たとえば、会社が株主総会などを行う場合、その実施要項を作成する際に図上演習を行ってみると計画に漏れがなくなるとともに、不測の事態への対応の準備もできるようになります。具体的には、参加者に社長、専務、総務部長、駐車場係、株主などの役職を割り振って、一日の流れをシミュレーションしながら思いもかけぬトラブルを想定として与えてみるといいでしょう。

図上演習の効果は、訓練や検証作業を実際のものを動かさないで手軽に行うことができるだけではありません。最も重要なのは、さまざまな事態への対応において指揮を執ることのできる人材グループが育成できることなのです。

図上演習の実例

ここで図上演習を実際に経営に活かした実例について紹介します。図上演習のセミナーに何度か参加された方の会社で、創立30周年の祝賀会を計画した際、実行委員会で図上演習を行ってみたそうです。社長を迎えに行った車が接触事故にあったという想定で出されたのですが、総務部が対応できませんでした。したがって演習上は社長が開会に間に合わず、挨拶ができないという事態が生じ、大問題になりました。

そして祝賀会当日、首都高で事故があり、社長車が渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなるということが現実に起こったのです。しかし、この図上演習に参加していた秘書の機転で地下鉄に乗り換え、総務部長は同じく首都高で身動きが取れなくなっていた数名の来賓の方に連絡をとって誘導し、会場の最寄りの駅で社長と一緒にマイクロバスでピックアップすることにより予定通りの開催が出来たのです。

この話が来賓の方々から各方面に広がり、その社長はどこへ行っても得意満面だったそうです。ステークホルダーの信頼を勝ち取ったことは言うまでもありません。このように、図上演習はあらゆる事態への対応や計画の立案に大きな効果をもたらします。この手法を身に付けないでいるというのは信じがたい損失です。

図上演習の組み立て方

図上演習がどのようなものなのか、そしてどのような効果が期待できるのかについてお話してきました。さて、いよいよ図上演習をどうやって進めていくのかをお伝えして参ります。

①準備

まず、図上演習の組織を作ります。このため、統制部(コントローラー)と演習部(プレイヤー)の構成を決めていきます。コントローラーは、図上演習の想定を出していき、図上演習をリードしていく役目を負います。

次に、若干の物品を準備します。少なくとも動作票と通信票という二種類のカードが必要です。次のようなフォーマットのものを使用します。また会場にホワイトボードをなるべくたくさん準備しておくといいでしょう。

②一般想定

次にどういった想定の元に行う訓練なのか決めます。演習の環境の想定などあらかじめ与件として示しておかなければなりません。想定上の日時、その他演習の進行に必要な事項についてはある程度細かく指定しておく方がプレイヤーの戸惑うことが少なくなります。防災訓練の場合などでは、天候によって避難場所を考慮するかもしれないので、そのような想定を予め示しておいてやらないとプレイヤーが判断できないのです。

③特別想定

次に、当該図上演習にのみ適用される特別な想定を出す事が必要です。たとえば

      • 実際には電話で行われる通信を演習では通信票により行う
      • 部外への連絡等は手続きのみにする

などです。

④図上演習開始

準備が整ったところで開始です。コントローラーから具体的な想定を出していきます。これを状況付与といいます。図上演習は、参加者の練度に従って想定の難易度を変えていくことが可能です。付与した状況に対してプレイヤーが何らかの対応をした場合には、その対応に対する想定上の状況を付与してやることが必要になります。

地震に対応する図上演習を例にとって説明します。最初の想定で「突然、本社ビルを激しい揺れが襲った。立っていられない。社内の照明が消え、デスク上のコンピュータなどが次々に落下している。」などと状況付与を行います。各部はこの想定に対する対応を動作票に記載します。「ヘルメットをかぶり、机の下に潜り込むように指示する。」「揺れが収まったところで、社員の安否を確認する。」「ラジオで情報を得る。」などの対応がプレイヤーから返ってくるでしょう。

コントローラーは、プレイヤーが「動作票で人員確認を行い、周囲の状況を観察しラジオで情報収集を行う」としていますので、確認結果、周囲の状況及びラジオの情報を想定として与えてやる必要があります。たとえば、関東地方で地震、震源地東京湾北部、マグニチュード8.0、津波警報発令、余震に注意、首都直下型地震と推定などです。さらに、社屋の状況も想定として示します。停電、断水、地下室はラックが倒れており進入できないなどとします。これらの想定を出してやると、プレイヤーは次の行動に入ることができます。このようにして、図上演習を進めていきます。

図上演習終了

一通りの対応が終わったところで想定を中止します。これを「状況中止」といいます。状況中止となったら、会場を整理し、各部門ごとに事後研究会を行います。自分たちがどの想定に対し何をしたのか、動作票と通信票で確認していきます。そして、その行動をし、連絡を行ったことの根拠は何だったのかを整理します。その後、全体で事後研究会を実施し、想定と対応を確認していきます。

そして、最後に講評を行います。講評を行うにはかなりの経験が必要ですが、事後研究会のまとめとして、良かった点、悪かった点、今後の課題などをまとめて発表してもいいでしょう。この事後研究会と講評を時間の都合で省略してはなりません。図上演習の成果をしっかりいかすためにはこの研究会と講評にたっぷりの時間を取る必要があります

以上が、実際に行われる図上演習の手順です。図上演習の驚異的な特徴と実際の進め方についてお伝えしてきました。皆様がこの便利なツールをフルに使って事業を躍進されることを祈っています。

日経CNBC「時代のNEW WAVE」に図上演習について取り上げられました。
記事はこちら⇒https://j-newwave.com/archives/hayashi_yu

さいごに

『知らないと損をする経営トップのための「図上演習」活用術』は元海上自衛隊海将補が、自衛隊で実践されている図上演習に、ビジネス利用のための応用策を独自にアレンジして展開、そのエッセンスを初公開した話題の実用書籍です。

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林祐

株式会社イージスクライシスマネジメント代表取締役https://aegis-cms.co.jp/
「危機を機会に変えて事業を伸ばす危機管理」を専門とするコンサルタント
大学及び大学院で組織論を専攻したのち、海上自衛隊に幹部候補生として入隊、以後約30年間にわたり海上自衛官として危機管理の最前線に立ち、精強な部隊の錬成、即応態勢の整備などに携わる。艦隊勤務で海上防衛の第一線に立つほか、海上幕僚監部、防衛省内部部局のスタッフとして防衛政策の立案、在米連絡官として米海軍との連絡調整、第一線部隊の司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務を経験し2011年に退職。元海将補。海上自衛隊を退官後、防衛産業の顧問ではなく専門技術商社のラインに異例の転身、企画本部を経て、新編営業部の部長として多数の若年社員の育成を託され、社内でも圧倒的に士気の高い営業部を作る。その後、米国法人の経営再建のため取締役としてカリフォルニアに赴任。この間、取引先の中小企業のビジネスの現状を目の当たりにし、導入が容易な危機管理法の必要性を痛感し、帰国後、危機管理システムの研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行う。2016年5月、企業や病院、自治体、政府機関など組織の規模を問わず適用できる危機管理手法の普及を目指して(株)イージスクライシスマネジメントを設立し現在に至る。危機管理の専門家として、図上演習に関して圧倒的な経験を持ち、大手放送局やコンサルティングファームに対する指導なども行っている。神奈川県鎌倉市在住で、専門のコンサルティングの他、災害救助犬の育成などに、ボランティアとして関わっている。
M&A。


【引用】林祐.
知らないと損をする経営トップのための「図上演習」活用術