この記事では「給料とモチベーションの関係」「上手な給料の上げ方」について、日本中央社会保険労務士事務所代表 内海正人さんの著書『今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方』より解説します。
お金だけではモチベーションは上がらない
「給料が高ければいい生活が送れる」と、多くの人は考えます。しかし、「高い給料がモチベーションになる」というのは間違いです。
社員は生活していくためにお金が必要です。しかし、お金だけを求めて仕事しているのではありません。極端なことを言えば、お金は「毎日の生活に必要な分」があれば「小さな不満」はあっても 「大きな不満」はないのです。本当に「大きな不満」があれば、転職、独立していきます。会社に居続けるということは、退職に結びつくようなレベルの不満はない、ということです。
給料を上げるのは簡単だが、下げるのは難しい
コンサルティングの現場で社長に相談されることがあります。それは、「給料を上げすぎてしまった。下げるためにはどうしたらいいのか?」という相談です。この話は、中小企業を中心によく聞きます。大企業で賃金のテーブルがあるところでは考えられないでしょうが、中小企業では、景気のいいときに給料を大幅に上げてしまい、景気が悪くなっても下げられないということがよくあります。
景気の悪化で給料を下げたい・・・。しかし、法律でもなかなか下げることは難しそうだし、社員のモチベーションが低下して、売上、利益に影響が出てしまう・・・。
どうしたらいいのでしょうか?
確かに、社員の納得感なしで給料が下がるとモチベーションは低下します。いや、納得していても、給料が下がればモチベーションは下がるのです。
しかし、給料が上がれば、モチベーションは「常に」上がるとは限りません。仮の話ですが、「寝ないで1ヶ月働き続ければ、月給を500万円にする」と社長に言われても働きますか?多くの人はまず、「無理!」と考えるでしょう。
実際に、「健康を害する」「人間的な生活が送れなくなる」など、体も心も持たなくなるでしょう。また、それ以上に「そんなにお金に執着がない」という話も出てくるでしょう。
マズローの5段階欲求説
つまり、働くということはお金だけではないからです。人間の欲求の度合いを測るのに有名な「マズローの5段階欲求説」を見てみましょう。欲求の低い順から、次のようになります。
- 生理的な欲求
- 安全・安定の欲求
- 所属・愛情を求める欲求(集団への所属、友情や愛情の欲求など)
- 尊敬されたい欲求
- 自己実現への欲求
ちなみに、「お金への欲求」は、1、2番目の低い位置になります。つまり、ないと困るものではあるけれど、多くあればあるほどモチベーションが上がるというものでもありません。お金だけではモチベーションは上がらないのです。
しかし、一度多くのお金を手にすると、それ以下の生活に戻すのが厳しいです。つまり、一度給料などを上げてしまうと、そこが生活レベルのポジションとなり、下げることが難しくなるのです。これは、給料が生活の条件となってしまうからです。
あなたも経験があると思います。給料が昇給などで上がった場合、最初の3ヶ月ぐらいは給料が上がったことを意識しているでしょう。しかし、時間が経過すると、「もらって当たり前」のものとなっていくのです。当たり前のものが今度、下がると「やっていられない」と不満につながっていくのです。だから、むやみに金額を上げるのはかえって、社員の今後の会社生活を難しくするのです。
適正な評価を考える
給料を下げることは法的には難しい、また、社員のモチベーションも低下するということを考えると、「給料を上げても、売上が下がれば給料も下げればいい」と安易には出来ないのです。だから、貢献と報酬を直接結びつけるのは、むしろ社員のためにならないのかもしれません。ここは、適正な評価ということを考えましょう。人のモチベーションは「お金」だけではないということです。
社員のやる気を引き出すにはどうしたらいいか、ということで、報酬、給料という金銭面ばかりがクローズアップされますが、本当は「安心して働く環境の整備」「仕事を通じて成長できる環境」が重要ではないでしょうか。
上手な給料の上げ方
「給料」と「賞与」の違い
まず「給料と賞与の違いとは何か」あなたは明確に答えられますか?
- 毎月支払うものが給料、年に2回支払うのが賞与
- 給料より賞与のほうがもらう金額が大きい
- 賞与は会社の成績によって左右される
等の考えがあります。法律で見るとこの2つには大きな違いがあります。給料については、労働基準法で縛られている部分が多く、労働基準法第24条で詳細が決められているのです。
対照的に賞与に関しては、法律で縛られる部分はあまりありません。しいて言えば、賞与を出すことになっている会社のルールがあれば、それを守ってください、という程度です。
なぜ、このような差があるのかというと、そもそも給料は、社員の生活を守る生活を保障するものだからです。賃金の支払いの5つの原則が労働基準法第24条に定められています。
労働基準法第24条
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。2 賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
賃金の支払いの5つの原則とは、労働の対象である賃金が安全かつ確実に労働者に渡るよう、次のようになっています。
- 通貨払い
- 直接払い
- 全額払い
- 毎月1回以上払い
- 一定期日払い
1.通貨払い
これは「支払いは現金で」ということです。しかし、実際は銀行振込の場合が多いはずです。この場合は、社員に「振込OKの同意」が必要となります。また、社員本人名義の口座以外には振込めません。もちろん、自社商品などでもダメです。
2.直接払い
これは、社員本人に直接支払うということです。仮に社員が未成年であっても、親に支払ってはいけません。
3.全額払い
給料は法律等で決められたもの(税金、社会保険料など)以外は天引きしてはいけません。
4.毎月1回以上払い
これは、「1年に1回の支払い」「当社の給料は2ヶ月に1回」という支払いを禁ずるものです。毎月必ず給料を支給しましょう。
5.一定期日払い
今月は25日、来月は10日が給料日といったことを防ぐための決まりです。毎月一定の期日に支払いましょう。もし、給料日が休日に当たる場合、繰り上げたり繰り下げたりするルールを決めて運用することは問題ありません。
給料は以上の縛りがありますが、賞与は「この限りではない」ということです。つまり、割合自由度が高いのです。
給料は生活保障の意味合いが強いですが、賞与の場合は「会社の利益分配」が本来の意味となっています。つまり、賞与については「会社が儲かっていること」が前提なのです。そのため、生活保障というよりも+α の「ご褒美」のお金なのです。
上手な給料の上げ方
ここで、給料の上げ方についてみてみましょう。
給料については、前述の通り法律での規制が入ります。よって、勝手に給料日を変えたり、金額の一部を翌月に回すといったことはできません。しかし、賞与についての規制はないので、支払い時期などが年によってばらつくことはあります。
給料は毎月のこと。賞与は半年に1回のことと認識されていますが、極端なことを言えば、会社が苦しければ賞与が出ないことも考えられます。
このことを考えたら、会社の業績によって左右される報酬は「賞与」です。だから、「売上が上がった」「利益が伸びた」ということであれば、賞与の金額を高くすればいいのです。
また、逆も同じです。売上が下がったり、利益が下がったら賞与の金額を下げて調整するのです。そうすれば、法律の規制もかからないのです。給料の金額をいじると、「生活保障」の観点から問題が生じるケースもあります。月々の給料の場合は、定期昇給などの「社員の能力の成長」を意識して金額を上げていくのが自然です。
成果主義の賃金体系ということが叫ばれていますが、給料に成果をダイレクトに反映させることは、現行の法律では厳しいところもあります。よって、成果は「賞与」に反映させ、能力の成長などを給料に反映させましょう。
年俸制の運用方法
しかし、「ウチの会社は年俸制ですが、この場合はどうしたらいいですか?」という質問も多いです。年俸制の場合は、給料と賞与の考え方がなく、「年収○○万円」ということです。その金額を月々に均等割りして支払うか、もしくは、賞与の部分でも考慮して14分割、もしくは16分割して支払う場合があります。
この場合、例えば、夏・冬の賞与部分での支払いが発生しても、あくまで年俸制の分割部分であり、本来の意味での賞与ではありません。金額、支払い時期が事前に決定している場合は、賞与みたいに支給しても「法的に給与」とみなされる場合もあるのです。
年俸制の場合は、年契約で給料金額の変動が大きくなっています。そのため、年ごとに給料金額の更新契約を行わないといけません。
また、年俸制で誤解がある部分があります。それは、「年俸制の人には、残業代を払わなくていい」と多くの社長が考えています。しかし、これは間違いです。法律にも「年俸制なら残業代を払わなくてもいい」とは書いてありません。
年俸制という言葉の響きが「年俸制=固定年収」という意識が刷り込まれていると考えられます。よって、「残業代などの変動的な手当の支払いは不要」と考えられるようなになってしまったのです。でも本当は、「年俸制は基本部分の年間の給料が決められている賃金体系」なのです。別に「残業しても残業代は払わなくていい」制度ではありません。だから、残業が発生したら、その時間に見合う分の残業代の支払いをしなければならないのです。
先日、私のところに相談がありました。「退職した社員から、過去の未払い残業代を請求されました」と。そして、「残業代は年俸に含まれていると説明しても無駄でした」と。しばらくし、元社員が労働基準監督署に駆け込んだのです。そして、その会社は労働基準監督署から呼び出されました。労働基準監督署に「年俸制で給料を決めています」といっても相手にされず、過去2年分の未払残業代の支払いが求められました。
会社はそのとき、本当の「年俸制の姿」を知ったのです。そして、泣く泣く未払いの残業代を支払ったのです。このような状態が放置されている会社は沢山あります。
では、この解決策はないのでしょうか?あります。それは、「固定残業制」の導入です。
固定残業制というのは、雇用契約書に「残業代○○円、残業時間○時間を含む」と書けばいいのです。これは、毎月の月給にあらかじめ残業代の金額を事前に設定してしまうのです。そして、その金額に見合う分の残業時間を雇用契約書などに明示すればいいのです。もし、労働基準監督署の調査があっても、これでは大きな問題になりません。設定されていた残業時間を超えた場合のみ、残業代を計算して支払えばいいのです。
あなたの会社は、この対策はできていますか?また、労働基準監督署の調査対策は完璧ですか? 就業規則は労働基準法に準拠していますか?調査に耐えうる労働者名簿の形式になっていますか?
労働基準監督署の調査は、なかなか実施されないというイメージがあります。しかし、元社員などが駆け込んで、「前勤めていた会社が残業代を支払ってくれない」ということを話せば、必ずといっていいほど調査が実施されます。だから、法律にあった運用が、会社を存続させるためには必須なのです。もし、「うちの会社は怪しいな」と感じたら、年俸制の運用方法を見直してみましょう。
このように、給料や賞与といっても様々な考え方があります。給料を上手に上げて、社員のモチベーションを上げることが重要なポイントとなります。
さいごに
記事の内容について詳しく知りたい方は、こちらの本をお読みください。
今すぐ売上・利益を上げる
上手な人の採り方・辞めさせ方
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内海正人
日本中央社会保険労務士事務所代表(https://www.roumu55.com/)
人事コンサルタント・特定社会保険労務士。人材マネジメントや人事コンサルティング及びセミナーを業務の中心として展開。現実的な解決策の提示を行うエキスパートとして多くのクライアントを持つ。著書に『会社で活躍する人が辞めないしくみ』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。
Facebook:masato.utsumi1
【参考】内海正人.今すぐ売上・利益を上げる上手な人の採り方・辞めさせ方