取引先と良好な関係を築くためには、お互いに納得のいく取引条件を決めておくことが欠かせません。
そこで今回は、税理士 岩松正記さんの著書『誰からも「取引したい」と言われる会社の条件』から一部を抜粋し、”取引条件でもめない秘訣”をご紹介します。
岩松正記(税理士 東北税理士会仙台北支部所属)
山一證券の営業、アイリスオーヤマの財務・マーケティング、ベンチャー企業の上場担当役員、税理士事務所勤務を得て、10年間に転職4回と無一文を経験後に独立。開業5年で102件関与と業界平均の3倍を達成し、現在は紹介のみを受け付けるスタイルで活動している。
落としどころを考える
取引する際に価格や納品日でもめるのは日常茶飯事なのですが、それを解決しないことには取引が成立しません。そうであれば一体どうするのがいいのか。そもそも取引条件でもめる原因は、つまるところ、ゴール地点を決めていないからなんですね。どういう結果になるのがいいのか、交渉前にある程度めどをつけておかないから、交渉の場で結論を出せなくなる。自分や相手にとってちょうど良い状態を、あらかじめ想定しておくことが重要なのです。
弁護士さんに聞いた話ですが、ベテラン弁護士になると、持ち込まれる案件の落としどころがすぐにわかるそうです。この事例だったらこのくらいの金額で和解させよう、といった具合に具体的な金額まで決め打ちしてしまうんだとか。つまり、だいたいの相場というのがあるので、それが100万円なのか300万円なのかその目算を立ててしまえば、依頼主の懐具合と相談しながらあとは「いくらだったら出せるのか」を依頼主に覚悟させる、つまり説得するのが仕事なんだ、とその弁護士さんはおっしゃっていました。
これが商談の場であれば、当然にこちらの利益が0になることのないよう、経費を引いて赤字になることなどないようなギリギリの線からいくら儲けるかをきちんと把握しておいて、相手との価格交渉に臨むというのがベストな姿勢と言えましょう。つまり、最初から落としどころを考えて交渉の場に出るのですね。見積もりを持って何も考えないで交渉に臨むなんてのは絶対にやってはいけないのです。
取引条件は信用でなく約束
商売をする上で、最初に決めた取引条件を守るというのは当然。というより、そういう条件を守れないようなところとは取引しちゃいけないんですね。でも現実には、最初の話と違った取引をされる場合は結構あるものです。
ある飲食店は契約内容を反故にするので有名で、内装業者などから「あそこの仕事を受けてはいけない」と噂されるような会社でした。どんな取引をするかというと、たとえば店舗の内装を業者に依頼する。支払いは工事開始時に前渡金、完成半ばに中間金、工事終了後に残金を支払うという場合、完成後にケチをつけて残金を払わない、というのですね。残金を払った場合には工事完了後に何度も手直しを依頼し、その分の料金は無視。これを繰り返すのだ、と。
この場合、業者としては未収が生じるので、次にまた仕事を依頼された場合、関係が切れてしまうと払ってもらえなくなるかもしれず、どうしても受けてしまうものなのです。でも、結局支払ってもらえないのが続くし、逆に仕事をすればするほど未収が増えてしまうのですから、付き合えば付き合うほど業者にとっては持ち出しが増えて赤字になってしまう。そのために付き合いを辞める会社が出る一方で、この会社と新たに付き合う業者は次々出てくる。これまで取引の無かった業者にとっては、この会社との取引は新規開拓になるわけですから大歓迎なわけです。仕事を出す方からすれば、今の業者との付き合いが切れても次々と取引を申し込んでくる会社が現れるのでまったく困らないのですが、仕事を請ける側からすれば、いいように使われているに過ぎません。
しかし、現実にこういう発注者は存在し、業者が泣きを見ているなんて話があちこちにあります。そういう会社とは付き合わなければいいだけの話なのですが、これまた目先に仕事をぶら下げられるとつい食いついてしまうものなのですね。だからこそ別項の「業界の噂は重要」という話にもなるのですが、ここで言いたいのは、商売において信用を軽んずるものと取引してはいけない、ということなのです。信用できない相手とは付き合わない。これは商売をやる上で徹底しなければならないことです。
では、こちらは相手を信用するとして、相手にそれを求めることはできないのでしょうか。それを上手にやっている例があります。歯医者さんで診療の予約をすることは常識ですが、それを「予約」と言わず「約束」と言っている歯医者さんがあります。それは「治療は患者と歯科医師の信頼関係のもとに行われる」という理由からです。「約束」という言葉には不思議な拘束力があるようで、予約時間を守らない患者さんはほとんどいないそうです。その医院は言うまでもなく腕は確かで、開業して約30年、遠方から泊りがけで治療にくる患者もいるほど繁盛しています。「予約」を「約束」ということだけがその原因ではないはずですが、それでも単なる医者と患者の関係以上の関係を構築できているからこそ、何十年も自分の歯のケアのために通院している患者がいるのでしょう。
「予約」ではなく「約束」。確かに「信用できる相手先の条件を挙げてくれ」と尋ねれば、多くの人は「時間を守る」「お金をきちんと支払う」といったようなことを言うものです。これらはすべて、言い換えれば「約束」なんですよね。相手に信用を求めるに当たって使うキーワードとしてこの「約束」というのを、頭の片隅にでも置いておいていただければいいのではないかと思います。
条件の見直しは他人のせいにする
取引の条件というのは、一度決まるとなかなか変えられないものです。これは心理学的にも「アンカリング効果」と呼ばれ、船が停泊のために降ろす碇(アンカー)のように、最初に示した条件なり一旦決めた条件は容易には変更できないのが人間の心理なのだそうです。
最初は、こちらの立場が弱い状態、たとえばこちらが取引をお願いして納品して取引が始まったというような場合を考えます。決済条件が締め日後翌々月に支払いを受けるというような条件だと、納品後、2か月から2か月半近く入金が無いことになりますから、その間の資金繰りは当然苦しくなる。事業規模が小さいうちはそれで我慢できるかもしれませんが、そこそこの規模になってきたらそうは言ってられなくなります。単価5千円の商品を100個納入すれば50万円で、締め日後翌々月に支払いを受ける条件だと50万円の資金が2か月寝ることになります。これが1000個なら500万円、1万個なら5000万円です。それだけの資金を動かせなくなるということはどういうことか。考えてみればおわかりになりますよね。
もし、締め日後翌月の支払いという条件であれば、資金の寝る期間が1ヶ月縮まるのですから、当然に資金繰りが良くなります。では、どうやったらそういう条件を改善できるのか。こればかりは先方にお願いするしかないのですが、それが叶わない場合、応急手当的にできることがひとつあります。それは「支払いの条件を延ばす」こと。入金まで2か月かかるのであれば、支払いも同様に末締めの翌々月以降の支払いにする。入金したらその資金で支払うという状態に持って行くのが理想です。
ただ、支払い先が給料とか外注費、人工代であると、翌々月払いでは厳しい。というか、そういう条件では取引してくれないでしょう。考えてみて下さい。今月働いてその給料なり賃金なりが「入金にならないから翌々月に支払う」と言われたらどうでしょう。翌月1か月間は無給状態になるわけですからね。
そもそもの入金の条件が悪いのがその原因なのですが、さすがに「末締め翌月払いの会社としか取引しない」なんてことは、こちらの立場が弱かったらできるわけがありません。こちらはむしろお願いして取引してもらっているのであればそんなことはできない。それならば、支払いの条件を変えるしかありません。具体的にはどうするか。
これはたとえば「顧問税理士の指導で支払い時期を翌月末から翌々月末になった」といった具合に、他人のせいにするのが言いやすい言い訳です。こちらとしては泣く泣く指導によって支払いサイトを延ばした、というようにするんです。自社の都合でというと角が立ちますから、そこはものの言い方ですね。
しかしそれで下請け先が逃げてしまっては元も子もありませんから、こちらとしては入金サイトの改善交渉は続けなければなりません。最悪、売り先の変更も視野に入れるべきで、こちらが丸っと損をするような取引は、そもそもやってはいけないのですね。今の納入条件を変えてもらえそうもなかったら、可能であれば売り先を変える。その会社のライバルに当たる会社に持って行くというのも手でしょう。
そもそも取引というのはお互い様であって、どちらか一方が損をするようなのは本当の取引ではありません。だから、最初の段階で、あんまりな取引条件だったら取引そのものをあきらめる。そういう「捨てる」選択も必要です。
誰からも「取引したい」と
言われる会社の条件
【出典】岩松正記.誰からも「取引したい」と言われる会社の条件