この記事では、「見せ方を変えるブランディング」の手法を成功事例をもとに解説します。
コピーライターである川上徹也さんが著者『価格、品質、広告で勝負していたら、お金がいくらあっても足りませんよ』で解説している内容をもとに編集しています。
【著者】川上徹也 湘南ストーリーブランディング研究所代表。
「見せ方、魅せ方を変える」ブランド戦略
見せ方や魅せ方を変えるのは、企業のブランド価値を高めるための有効な手段です。
商品自体は変わっていなくても、見せ方や魅せ方を変えるだけで、まったく違うものになることは多いからです。
以下の4つの事例から、具体的な手法と効果を確認していきましょう。
- 出版業界での事例
- 飲食店業界での事例
- 教育業界での事例
- 印刷業界での事例
出版業界での事例
2007年、集英社文庫は、太宰治の代表作『人間失格』のカヴァーを『ヒカルの碁』『DEATH NOTE』などで知られる漫画家・小畑健氏が描いたイラストに変更しました。
その結果、中高生を中心に大きな話題になり、発売1カ月半で7万5000部を売り上げる異例の大ヒットとなりました。
本の中身はまったく変わらないのに、見せ方ひとつで、まったく違う魅力的な商品に思わせることができたのです。
飲食店業界での事例
東京国立市に『農家の台所』という野菜レストランがあります。
見せ方を変えるだけで、ここまで新鮮で驚きにみちたオンリーワンになれるのか、という見本のようなお店です。
レストランというと、普通はおいしさをアピールするものですが、この店は、おいしさよりも、家族や友人に話したくなるようなおもしろい仕掛けを重要視しています。店のキャッチフレーズからして“お腹いっぱいの満足度3割、知的満足度7割の野菜レストラン”なのです。まさにストーリーに満ちたレストランだと言えます。
この店の一番人気は、色とりどりの珍しい野菜が並ぶサラダバー。同じ野菜でも何種類かの品種があり、ディスプレイの仕方も独特です。名前も野菜名ではなく品種名で呼ばれています。そこには語り部と呼ばれるスタッフが常駐していて、それぞれの野菜の説明をしてくれます。語り部たちは、スペックで覚えた知識ではなく、実際に取引きのある農家を訪問し、作業を手伝う中で、話すべきネタを仕入れてきます。スタッフは、野菜エンターテイナーでもあるのです。
また入り口前の壁には、契約農家の方々の顔写真を選挙ポスター風にデザインして、ずらっと貼ってあります。これにより、農家の方々をブランド化し、彼らがつくった野菜に付加価値をつけているのです。
他にも楽しい仕掛けがいっぱいで、飽きることがありません。国立以外に恵比寿にもお店がありますが、どちらも連日予約でいっぱいの賑わいです。
確かに、提供される野菜はおいしいです。でも、このように「こうやって栽培したからおいしいんだよ」と知らされるからこそ、そのおいしさの理由がわかり、食べる方も楽しい気分になるのです。いくらおいしい野菜でも、このお店のようなエンターテイメント性がある魅せ方をしていないと、ここまで話題にはならなかったでしょう。まさにオンリーワンのお店です。
このお店は、『国立ファーム』という会社が経営しています。経営者はAV業界で一世を風靡した高橋がなり氏。以前の会社を引退し、農業を志しました。
この会社の企業理念は「農業改革 ~ものづくりがかっこ良いと思える社会づくり~」です。レストランだけでなく、生産から流通まで一貫して行い農業を活気ある産業にすることを「志」としています。
農産物に付加価値をつけ、生産者をブランド化することで、農家に利益が出る仕組みをつくろうとしているのです。
このように、何か新しい付加価値をつけ見せ方や魅せ方を変えることで、普通の商品がまったく別の商品になることがあります。
教育業界での事例
島根県益田市という人口5万人の小さな町に、益田ドライビングスクール(以下MDS)という自動車教習所があります。島根県の西の端というとても不便な場所にあるにもかかわらず、毎年約6000人の生徒が免許を取り卒業していきます。全国の自動車教習所の年間平均卒業者数は約1000人なので、その5~6倍。東京都内の全国一の教習所でも1万人に達しない現状からみると驚異的な数字です。
生徒は、北は北海道から南は沖縄まで全国から集まり、2週間あまりの合宿生活で免許を取り帰っていきます。自動車教習所は基本的にはリピーターはいません。免許を取るのは、一生に一度。にもかかわらず、この教習所は、卒業生の熱烈な口コミによって、次から次へと新しいお客さんがやってくるのです。
その秘密は何でしょう?
それは、MDSが、「運転技術を磨く」だけでなく「心も磨く自動車学校」という付加価値をつけているからです。
ここでは生徒をゲストと呼び、教官を先生とは呼ばせません。お互いに「あいさつ」することが唯一のルールになっています。ドライバーに重要なものは「譲り合いの心」「思いやりの心」だという考えからです。
ゲストの8割が遠方からの若者で、合宿生活を送ります。宿泊、食堂だけでなくカラオケ、テニスコート、岩盤浴などの娯楽施設もあるのです。それらすべてを含めて、Mランドと呼んでいます。宿泊と食事は料金に含まれているので、Mランド内でお金を使うことは原則ありません。ただ、売店で買い物をしたくなったとき、Mランド内だけで使える通貨、Mマネーを使うことができます。トイレ掃除、教習車の洗車、校内の清掃等、好きなボランディアに参加するとMマネーがもらえる仕組みです。はじめはMマネーを目的に参加していても、次第に掃除がやみつきになるゲストも多いとのことです。
このような体験を重ねたゲストたちは、免許を取り卒業するときにはMDSの熱烈なファンになるといいます。そして地元に戻ったときに、友だちや後輩に口コミしてくれるのです。
なので、少子化、若者の車離れという大逆風の中でも、MDSは堅実に売れ続けています。
一般的には差別化が難しいと思われるような業種でも、このように付加価値をつけることでオンリーワンになれるのです。
印刷業界での事例
また、これまでBtoBを中心に販売してきた会社が、一般生活者向けの商品を売り出す。逆にBtoCでしか商売してこなかった会社やお店が、対企業向けの販売を考える。というようなことも、見せ方や魅せ方を変え、ブランド価値を高める大きな要素となることもあります。
たとえば、印刷業界は一般的にはBtoBの受注産業です。しかし香川県観音寺市に本社がある老舗印刷会社「マルモ印刷」は、2008年、文房具の新ブランド『ジオグラフィア(geografia)』を誕生させました。
「ジオグラフィア」は地球や地形をテーマにした文房具で、ひねりの利いたデザインと、特殊な印刷で大きな話題を集めています。
結果として開発したマルモ印刷の高い印刷技術を示すことになりました。
うちはBtoBだから、BtoCだからという固定観念を一度外して事業を考えてみるのも、新しいストーリーが生まれる可能性があります。
さいごに
この記事では川上徹也さんの著者より、「見せ方を変えるブランディング」の手法を成功事例をもとに解説しました。
以下の記事では、「見せ方を変えるブランディング」以外にも、「ターゲットを絞り込むブランディング」や「勝手に宣言してしまうブランディング」などのブランド戦略を具体例とともに解説しています。
価格、品質、広告で勝負していたら、
お金がいくらあっても足りませんよ
『価格、品質、広告で勝負していたら、お金がいくらあっても足りませんよ』では、商品・サービス・企業自身が「人をひきつけ、共感できるストーリー」を組み込むこみ、ファンを作るための方法が解説されています。具体的な事例を織り交ぜながら、ストーリーのつくり方、活用の仕方を説明していきます。