今回から、マネジメントクラブ編集部による、企業の経営をサポートしているプロフェッショナルへのインタビューをお届けします。経営・マーケティング・組織・人材など、様々な面から企業の課題を発見し、問題解決につながるような情報をお伝えしていきます。

第1回となる今回は、企業のマネジャー層へのコーチングや、組織の意識改革をサポートするコンサルティングを行っている渡部卓さん(ライフバランスマネジメント研究所代表)にお話しをうかがいました。

渡部さんがコーチングやコンサルティングを行う中で実際に目にしてきた「多くの経営者・マネジャー層が抱える悩み」と、その「解決策」について教えていただきました。

経営者・マネジャー層がもっとも学ぶべきこととは?

―近年の経営者・マネジャー層はどのような悩みを抱えていると感じますか?

渡部 この数年でコーチングしてきた経営者・マネジャー層の悩みは大きく分けて「自身のストレスマネジメントの問題」「部下との人間関係の問題」「職場でのハラスメントの問題」の3つがあると考えています。

ストレスマネジメントに効く「4つのR」

―1つ目の「自身のストレスマネジメントの問題」とは、どのような悩みですか?

渡部 働き方改革のもとで長時間労働の解消などが進む一方で、情報化が進む中で細かな管理や報告、評価などをデータベース化するための作業時間が拡大しています。

意味も無いような、また活用もされないようなデータの管理と、過密化した時間の中で感じるストレスは、本人たちの体調不良として目に見える形で現れています。

その結果、本来必要な「ヒト対ヒトの本音」「本当に大事な仕事観」「やりがい」などが隅に追いやられてしまっています。

このような傾向は日本に限ったものではありません。米国のトップビジネススクールなどでは対策として、ストレスマネジメントやワークライフソーシャルバランスは重要な学習項目になっており、そのコーチングの講座も人気です。

しかし日本では、ストレスマネジメントの問題は、精神論や個人の領域に押し込まれてしまっています。その結果、お酒やゴルフなどといった自己流の「気晴らし」でなんとかしようとしている方も多いはずです。しかし、それらだけでは解消しきれないストレスが、不眠や腰痛、頭痛、イライラなどの不調として現れ、本人達の悩みになっています。

ストレスマネジメントの問題を解決するには、コーチングが有効なのですが、コーチングを受ける機会はなかなか身近にあるものではないと思います。

また、本やネットで解決策を探している人も多いようですが、ストレスマネジメントに関する書籍は専門的過ぎて難解であったり、根拠にとぼしい著者の自己流であったりするものが多くあります。また、ネットにおける情報は断片的なものが多いため、手軽でかつ、しっかり体系的に学びたいと感じている人は多いと思います。

―経営者・マネジャー層のストレスマネジメントの問題を解決する、具体的な方法は何かありますか?

渡部 ひとつはメディアなどでも取り上げられている「4つのR」という手法が有効です。

4つのRとは、「リラクゼーション(Relaxation)」「レスト(Rest)」「レクリエーション(Recreation)」「リトリート(Retreat)」という4つの視点で自身のストレス解消法を考えて、ストレスの予防・緩和を図る手法です。

4つのR
  • リラクゼーション(Relaxation)
    自律神経を休め、心と体のバランスを整えること。腹式呼吸、アロマセラピー、瞑想・マインドフルネス など。
  • レスト(Rest)
    体をしっかり休めること。睡眠、マッサージ・整体、温泉、スパ など。
  • レクリエーション(Recreation)
    趣味や遊びを楽しみ、笑ったり泣いたりして感情を解放することで、心身をリフレッシュすること。スポーツ、釣り、キャンプ、映画、カラオケ、楽器演奏 など。
  • リトリート(Retreat)
    日常から離れた空間に身を置き、じっくりと静養すること。旅行、リゾート地での保養、森林浴 など。

人が集まる職場 人が逃げる職場』(渡部卓 著)P243より

上司と部下の人間関係を良くする「かりてきたねこ」の原則

―マネジャー層の悩みとして2つ目に挙げられた、「部下との人間関係の問題」とは、具体的にはどのような悩みですか?

渡部 多くの企業で、社員の離職に関する問題が顕在化しています。

離職が続くことは、企業にとって死活問題です。私の知り合いの名門飲食店も人手の問題が解決できずに長い歴史を閉じ、多くのお客様を嘆かせました。ITのソフトウェアベンチャーでも同様の話は珍しくありません。離職した人員の穴埋めができないままソフトウェアの納入が遅れてしまい、先方から法的な訴訟を起こされて真っ青になったなどの話も身近に聞いています。

優秀な若者ほど職場に幻滅すると見切りが早く、早期の離職が常態化しています。離職の申し出に対して、企業側から給与アップなどのカウンターオファーを出すことも今の時代では珍しくありません。企業アンケートでは6割以上の企業がカウンターオファーを実施しています。ただし、その成功率は20%程度に止まっているようです。

離職する本人の為を思い、上司が真摯に説得を重ねていたらハラスメントだと突き放された、あるいは最近メディアでも話題の「退職代行」サービスで退職届が出されたなどの話も珍しくはありません。

そんな中で多くの企業が知りたいことは、社員の離職にどのように対処していくべきなのか、日頃からそのような事でトラブルにならないために必要な対策は何なのかということだと思います。また、経営者・マネジャー層の方の多くが、上司と部下双方のキャリアマネジメント、生きがい・働きがいなどの原点を見つめ、共有するためのヒントを知ろうとしているように思います。

実際、この数年は私個人への講演依頼のテーマも離職防止にからむものがとても多くなっています。

―部下との人間関係を改善するために、経営者・マネジャー層の方が心がけるべきことはなんでしょうか?

渡部 多くのマネジャー層は、自身のストレスが部下のストレスに変容することを忘れがちです。なかには、マネジャー層のストレスがパワーハラスメントに姿を変えていることもあります。そんなことで社員の離職や部下のうつ休職などにつながれば、相手に取り返しのつかない心理的、肉体的なダメージを与えることになりますし、マネジャー自身のキャリアアップにも大きなダメージとなります。

これらを予防するには、「かりてきたねこ」の原則を意識することが有効です。

かりてきたねこの原則

かりてきたねこの原則とは、相手を傷つけず効果的に叱るための7つのポイントのことです。
か … 感情的にならない
り … 理由を話す
て … 手短に済ませる
き … キャラクター(性格や人格)に触れない
た … 他人と比較しない
ね … 根に持たない
こ … 個別に伝える

人が集まる職場 人が逃げる職場』(渡部卓 著)P62より

ハラスメントの問題を防ぐために必要なこと

―経営者・マネジャー層の悩みとして3つ目に挙げられた「職場でのハラスメントの問題」についても詳しく教えてください。

渡部 セクハラは昔から良く話題になりますが、近年のセクハラ問題は普通に想像されるものから多様化しています。女性から、あるいは部下から、またLGBTについてなど、とても細かいところでの理解と意識改革が必要です。

さらに大きな話題となっているのがパワーハラスメントとモラルハラスメントです。私は、役員や部長候補にしたいがパワハラのレコードがあるという幹部社員に対して、コーチングを行うこともあります。コーチングを通じて、彼・彼女たちの課題を明確にし、課題からの脱却方法を指導してきました。

パワハラをしてしまいがちな管理職たちの頭脳は優秀な場合が多いのですが、一方でリラクゼーションやアンガーマネジメント、傾聴、ほめ方など、部下への対人スキルに乏しいことが多いです。また、特定の価値観に固執してしまっていたり、それを自覚していないといったこともよくあります。しかし、このようなことは大学でもビジネススクールでも科目として扱ってはいません。

ハラスメントリスクは本人たちの知力や経歴、技能などとは相関がないので、コーチングによる予防が最適なのですが、なかなかコーチングを受ける機会もありません。大企業では、ハラスメント予防研修が実施されるようになってきていますが、中小企業では、とてもそこまで管理職の人材育成に力を入れる余裕がありません。実際に私個人へのコーチングの依頼も、経営後継者や大企業の管理職からが多いのが現状です。

―「職場でのハラスメントの問題」を改善するために、経営者・マネジャー層の方が心がけるべきことはなんでしょうか

渡部 経営者や将来有望たるマネジャーがもっとも注意をして学ぶべき項目の一つは、個人と組織の心理学を踏まえた上での「リーダーシップのあり方」であると思います。

これが理解されていないと、本人の業績は高くても、部下が離職したり職場のメンタルヘルスが悪化したり、中にはハラスメントの問題を引き起こしてしまう場合もあります。このような問題の対処にかかるコストやリスクはとても膨大なのですが、具体的にイメージがしにくいために、一流と言われる企業でもあまり対策がなされていません。また規模や社員数が少ない、中堅中小企業やベンチャーにとっては死活問題にもなりかねない盲点になっています。

企業の将来を担うマネジャーや現経営者、経営後継者の方々には、財務、マーケティング、生産管理、グローバル戦略、コンプライアンスなどの主要項目を学んでいくのと同時に、感性の若い30代くらいから、ぜひ「リーダーシップのあり方」について関心を持ち、知識やスキルを身につけていって欲しいと願っております。

さいごに

今回は、産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチの渡部卓さんに、「近年の経営者・マネジャー層が抱える悩み」と、その「解決策」についてうかがいました。

この記事のポイント
  • 近年、多くの経営者・マネジャー層が、「自身のストレスマネジメントの問題」「部下との人間関係の問題」「職場でのハラスメントの問題」といった悩みを抱えている。
  • ストレスマネジメントには、「4つのR」に基づいたストレス解消法を持っておくことが有効。
  • 「かりてきたねこ」の原則を活用することで、部下を傷つけずに叱ることを心がける。
  • ハラスメントの問題を解決するためには、若いうちから「リーダシップのあり方」に関心を持ち、知識やスキルをつけていくことが重要。

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渡部さんが執筆された『人が集まる職場 人が逃げる職場』では、渡部さん自身のビジネスコーチとしての経験をもとに、ビジネスパーソンが必要とするストレスマネジメントについて、専門用語を使わないで分かりやすく解説されています。

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渡部卓

帝京平成大学現代ライフ学部教授、(株)ライフバランスマネジメント研究所代表
1979年早稲田大学政経学部卒。モービル石油入社後、コーネル大学で人事組織論を学び、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA取得。1990年日本ペプシコ入社、AOL、シスコシステムズ、ネットエイジを経て、2003年(株)ライフバランスマネジメント設立。職場のメンタルヘルス・コミュニケーション対策の第一人者であり、講演・企業研修・コンサルティング・教育・メディア等における多数の実績を持つ。
『メンタルタフネス経営』『折れない心をつくる シンプルな習慣』『折れやすい部下の叱り方』(日本経済新聞出版社)、『明日に疲れを持ち越さない プロフェッショナルの仕事術』『はたらく人のコンディショニング事典』(クロスメディア・パブリッシング)ほか著書・監修書多数。
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