この記事では、「企業ビジョンの作成の実例」について、秋元征紘さんの書籍『ビジョナリー・マネジャー』よりご紹介します。秋元さんが企業ビジョンの作成をサポートした株式会社FiNCの例をもとに、企業ビジョンの作成のポイントを確認していきましょう。

秋元征紘

ワイ・エイ・パートナーズ 代表取締役 ジャイロ経営塾 代表
著書に『なぜ今、シュンペーターなのか』(クロスメディア・パ ブリッシング)、『金の社員・銀の社員・銅の社員』(文春新書)、『こうして私は外資 4 社のトップになった』(東洋経済新報社)、『一流の人たちのシンプルな習慣』(フォレス ト出版)などがある。

FiNCの企業ビジョン

私は現在、ヘルスケアのITベンチャーであるFiNCの社外取締役を務めています。同社のホームページには、次のようなメッセージが掲載されています。

医療費の高騰、少子高齢化、人口減少、経済の縮小etc… 我が国が抱える問題は深刻です。

FiNCは、こうした事象の解決を目指した予防領域に特化したモバイルヘルスケアベンチャーです。国内における予防・ヘルスケア・ウェルネスという領域は、イノベーションが進んでいるとは言いがたい状況です。広大な市場かつ、日本の現状を顧みれば、最もイノベーションを起こさなければならない領域にも関わらずです。

冒頭に挙げた課題は日本だけではなく、世界中で発生しています。各国、ここには大きな課題意識を持ちながらも、いまだどの国も明確な解決策を示せていません。世界でもっとも課題が進んでいる国として、日本が最初にこの解決策を示すことができれば、世界に向けて次なるトヨタとなり、日本の健康を広く普及させていくことが可能になります。

だからこそ私たちは、「FiNCの日々の歩みが日本の20 年を決める」と本気で考えています。だからこそ私たちは、「FiNCを世界を代表するウェルネスカンパニーにする」と意気込んでいます。

「一生に一度のかけがえのない人生の成功をサポートする」

全てはこのビジョンを実現するために。私たちは日本の健康を世界へ届けます。

私が主宰する「ジャイロ経営塾」では、企業ビジョンとコミュニケーション、リーダーシップについて、月1回のペースでディスカッションしていたのですが、その中に非常に元気のいい若者がいました。それが現在、FiNCのCEOを務める溝口勇児さんでした。

創業メンバーとともに企業ビジョンを作成

彼はその段階で、スポーツトレーナーとして、十数年間にわたって「アスリートをベストコンディションに持っていくためにどうすればいいか」を探求し、知識と技術を研鑽してきました。中でも「運動」「食」「休養」の3つが大きな要素になっていると確信するに至ります。

そうした経験に基づいて、人々の一生に一度のかけがえのない人生のために、ITテクノロジーを駆使しながら、健康になるための一人ひとりに最適なソリューションを広く社会に広める仕事をしたいと考えていました。

あるとき、彼から起業したいという相談を受けて、話を聞くことにしたのですが、その過程で企業ビジョンづくりを依頼されることになりました。彼はすでにたたき台をつくっていたのですが、企業ビジョンづくりを創業メンバーとともに行いたいとのこと。そうであれば、オフサイトミーティングでもやろうということになりました。

第1回目は、ある土曜日の10時から18時くらいまで議論し、宿泊はスタートアップのFiNCにとっては予算的に無理だったので、そのあとはみんなで食事をすることにしました。ミーティングのモデレーターは私が務めました。現状のSWOT分析の後に企業ビジョン(ビジョン・ミッション・バリュー)をつくったのですが、そのときに溝口社長がこだわったのが「Precious life(かけがえのない人生)」という言葉でした。

私自身は、このような企業ビジョンづくりのミーティングでは、プロセスのコントロールと、議論される内容を考慮して、当事者が考えつかない戦略的な切り口で問題点を指摘することが自分の重要な役割であると考えています。1つ目の指摘は次のような内容でした。

アスリートならともかく、普通の人にとっては、たとえその必要を感じていても、栄養士やトレーナーのいうことを聞いて毎日暮らすのは苦痛になる場合さえあり、少なくとも継続は難しい。カロリー制限や食事の仕方、飲むお酒の種類を指示されたり、一定の運動を強制されたりすれば、すぐに嫌になってやめてしまうのが人の常。スポーツジムに入会しても、ほとんどの人はだんだん行かなくなり、やがて辞めてしまうのに似ている。ある意味、新たな価値観が自律的に受け入れられるような話にしなければ、その壁を乗り越えることは難しい。

そこに、ジャック・ウェルチの「Control your own destiny.」というニュアンスを入れたらどうかと提案して、侃々諤々の議論になりました。つまり、「自分のあるべき姿に向かって自分を律したい人を応援して成功させるビジネス」であることをビジョンに反映させたのです。

2つ目は、先ほども少し触れた、「グローバルな可能性」「世界を変える」に関する点でした。この議論は1年後にも、一部入れ替わったメンバーとの間で再び議論されました。

「企業ビジョン」と各部門の「ビジョン」と「ミッション」

その後、何度かの改善や改修、そして進化を経て、FiNCの企業ビジョンは次のように固まっていきました。

ビジョン
一生に一度のかけがえのない人生の成功をサポートする

ミッション
私たちは、最先端の検査技術やITテクノロジーを駆使して、世界中の人々に、パーソナライズされた知識・理解・認識・経験・情報と最適なソリューションを提供し、顧客の成果とその維持をサポートする。このような事業展開を通して、健全な収益性とプロフェッショナルな人材で構成されたNo.1 Wellness & Beauty Companyとなる。

バリューとコンピテンシー
F:FiNC Family

「FiNCのVision」と自らの果たす役割を正しく理解し、仲間、社内外のパートナー、カスタマーにシェアしようとしている
I:Integrity
誠実で真摯な姿勢と倫理感を保持し、実践している
N:Non-Defeatist
失敗を恐れない勇気と執念を持ち、目標達成への強い意志のもとに行動する
C:Communication
相手の発信に対し、主旨、背景、文脈、自らが気付けていない点を確認・理解し、報連相(報告・連絡・相談)を徹底する
S:Speedy
スタートアップの最も大切な強みであるスピードを強く意識して、考え、行動する
P:Professional
各分野でのプロフェッショナルとしてのスキルと意識を持つことと同時に、専門分野以外の多角的な視点からも意思決定ができる
I:Intensive
常に規定、ルールを遵守し、目標の達成や納期内でのAI(アクション・アイテム)の実現に強いコミットメントを持つ(徹底)
R:Rational
理性や論理性(数字、ロジック、ファクト)を発揮させると同時に素直さを持ち、過去の成功体験や環境にとらわれず、自分にはない視点や視座を受容できる。
I:Improvement
本来の「あるべき姿」を強く意識し、それに向かってたゆまぬ改善・改良への努力を怠らない。
T:Team-work
自我の主張よりもチームで働いていることを意識し、チーム一人ひとりの個性が効果的に発揮できるよう心がけている

なお、以上のバリューを構成する10項目の頭文字であるFINCSPIRITは「FiNCバリュー」と呼ばれ、その内容を全社員が意識し、実行するために、上司や先輩と定期的に「バリューランチ」と呼ぶコミュニケーションを取ることが制度化されています。

具体的には、毎回10の項目中から1つのバリュー項目を選んで、ランチのときに意見交換をし、その結果を感想文として社員イントラネットのバリューランチのページで公開しています。事業の急速な拡大に伴って急増する新たなメンバーと企業ビジョンとの親和性を上げることがその目的です。

また、このFiNCバリューは、起業して3年目のころからは、人物評価と人材開発の指標、つまりコンピテンシーとしても機能しています。このFiNCバリューを用いた簡単な360度評価も定期的に実施されています。さらにはマネジャー層向けの、マネジメント能力にフォーカスした新たなコンピテンシーも、マネジャー育成の柱として検討されています。

一方で、FINCSPIRITの上位概念としてFiNCの価値観・行動規範を社内外に表明すべく、新たなFiNCバリューが検討されてきました。そのコンセプトの概要は、①Customer First、②Visionary、③Compassion、④Mindfulness、の4項目でした。その結果、新たな企業ビジョンとして、下記のものが2017年6月から導入されました。このようにして創業以来の企業ビジョンは、事業展開の進展スピードをリードすべく、進化し続けているのです。

またこのFiNCの企業ビジョンに関しては、その下にある事業のFiNCダイエット家庭教師、FiNC forBusiness(法人営業)、FiNCオンラインワークス、FiNCプライベートジム、グローバルチームなどの各部門が、自分たちのビジョンとミッションについて頻繁に議論しています。

FiNCの最新の企業ビジョン

ビジョン
Serve people for the precious life
一生に一度しかないかけがえのない人生の成功をサポートする

ミッション
A personal coach for your wellness

バリュー
Be Visionarywith Compassionand Mindfulnessfor Customers’ Smile.

企業ビジョンが「憲法」であるとすると、各部門ではそれを踏まえた自分たちのビジョンとミッションという「法律」をつくっていくイメージになります。

最初のオフサイトミーティングのころから、溝口社長はこの自分たちのビジョンを、多方面で、さまざまな分野での一流の人々に、情熱を持って熱く語り始めました。この「一生に一度のかけがえのない人生の成功をサポートする」というビジョンは、多くの各分野で影響力を持った人々に広く受け入れられ、優れた人材が続々と参加。また個人投資家や、かつてベンチャー企業を成功に導いた経営者に始まり、今や多くの大企業や内外の金融関連組織からも良質な投資を集めています。

その過程では、東京大学でメディカルベンチャーを立ち上げた南野充則を取締役CTOに、元みずほ銀行常務の乗松文夫を代表取締役副社長CWO兼CAOに、元ゴールドマンサックス証券幹部の小泉泰郎を代表取締役副社長CFO兼CIOとして次々と迎え入れました。そのほかにも広い分野からは多た士し済さい々さいのメンバーが集い、社員の国籍数では20カ国を超え、創業5年で従業員数220人という体制を確立し、IPOへの階段を着々と登っています

さいごに

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