この記事では、「ナイキの企業ビジョン」について、秋元征紘さんの書籍『ビジョナリー・マネジャー』よりご紹介します。

秋元征紘

ワイ・エイ・パートナーズ 代表取締役 ジャイロ経営塾 代表
著書に『なぜ今、シュンペーターなのか』(クロスメディア・パ ブリッシング)、『金の社員・銀の社員・銅の社員』(文春新書)、『こうして私は外資 4 社のトップになった』(東洋経済新報社)、『一流の人たちのシンプルな習慣』(フォレス ト出版)などがある。

企業ビジョンは言語化しなくてはならない

企業ビジョンの大切さに私が気づいたのは、私がまだKFC(日本ケンタッキー・フライド・チキン)でマーケティングを担当していた30代のころです。GE(ゼネラル・エレクトリック)出身でKFC本社の戦略計画担当副社長だった人からその基本を学びました。あるとき、GE流の企業ビジョンや戦略計画のフォーマットに文字を埋め込んでいく作業と、そのための準備の仕方について、詳しく教わったのです。それが最初のきっかけです。

この間にもM&Aの結果、米国KFCの親会社はヒューブライン、R・J・レイノルズ、ナビスコ、そしてペプシコと次々に変遷しました。その中で日本KFCの戦略計画を立て、50%の株を握る米国親会社から戦略計画と予算の承認を確保しなければなりませんでした。その作業を進めてゆくうちに、これらのベースには企業ビジョンが密接に関連してくることに気がついたのです。会社が違えば、仕事で大切にしているポイントやものの見方・考え方も違ってきますが、私がこのプロセスで学んだのは、自分たちの考えを、明快に言語化することの大切さでした。

その後、KFCを買収したペプシコの子会社ペプシコーラに2年間出向することになりました。ここでは多くの同僚たちがマッキンゼーやP&Gの出身者で固められており、マッキンゼー流のシンプルな戦略計画のドキュメンテーションに驚きました。

それはパワーポイントでつくられたプレゼンテーションだったのですが、KFC時代には紙にびっしり書いていた「書類」としての計画書が、ペプシではエッセンスをチャートにして「電子紙芝居」的に見せるやり方だったのです。ペプシにおいては、「要点を明確に示すこと」が何よりも求められました。ここでは、徹底した論理思考と言語のアイコン化による表現術を学んだといってよいでしょう。

「Just Do It.」を翻訳するなと言ったナイキの創業者

しかし企業ビジョンについて本当の意味で腹落ちさせられたのは、ナイキの創業者であるフィル・ナイトからです。ナイキの有名な「Just Do It.」の広告とPR計画を準備していく過程で、私はその意味を的確に表現する日本語コピーをつくろうとしていました。しかし、これを知ったフィルから、オレゴン州ビーバートンの本社の社長室に呼び出されて、きつい叱責を受けたのです。

彼は言いました。「Do not translate JDI !」(「Just Do It.」を翻訳するな!) と。

後述する「アグレッシブ・オネスティ(Aggressive honesty=過激な正直さ)」はナイキの重要なバリュー(価値観・行動規範)でもあったので、ひるまず食い下がって、「なぜそう言うのか、あなたにとってJDIとは何なのか、その本当の意味を教えてほしい」と言いました。この問いに対するフィルの説明はわかりやすく、それはナイキの企業ビジョンの根幹をなすものでした。

曰く「いかなるアスリートにとっても、最初の一歩を踏み出すことは決してやさしいものではない。行動に移る、その小さな勇気を持つ人々を、そしてそうなりたいと思う人々を、応援しサポートしてゆくのがわれわれの仕事なのだ」と。JDIは単なる広告キャンペーンのためのコピーではなく、ナイキの哲学を表した英語なので、翻訳はできない。知りたければその意味を直接、英語の表現から感じ、理解してくれということだったのです。

1950年代後半にオレゴン大学の中距離ランナーだったフィルは、アスリートにとって最初の一歩を踏み出す「小さな勇気」の難しさを実感していました。一つの試合があるたびに、極度の集中を強いられ、スタートラインに立つことさえ怖くなるのだと。

彼のコメントは、それを克服する小さな勇気のことだったのです。これは私自身にとっても、JDIという企業ビジョンが腹落ちした感動的な瞬間でした。

ナイキの価値(バリュー)とは

フィル・ナイトは、多くのビジョナリー・マネジャーがそうであるように、何かを細かく説明することはしません。聞く側の感情が準備できたときに、核心的なひと言を発してくる人でした。私がナイキで学んだのは、まさにフィルの強烈な「企業家精神」であり、インテグリティ溢れる企業ビジョンでした。

さらにナイキでは、「アグレッシブ・オネスティ」に加えて「プロアクティブ」という印象的なバリューに接しました。プロアクティブ(Proactive)というのは、「先を見越す」「事前に手を打つ」ということ。ナイキでは、ことが起こってから対応する人間は評価されません。次に起こることを予測して手を打つのがナイキ流だということです。

日本では変化対応(Reactive)がよしとされますが、ナイキでは変化という外的要因に追随しているようではダメだということなのです。これはドラッカーの言うところの「変化に対応する一番の方法は、自分で変化を起こすことだ」に近い、行動的な姿勢であり態度です。

また先のJDIの件で、フィルが私に、そして私がフィルに取った態度こそがアグレッシブ・オネスティで、これがナイキの文化でした。つまり「考えていることを、ためらわずに発言する」ことを良しとする社風なのです。「配慮は必要だが、遠慮は無用」という思想。これこそ私たちがグローバル社会に出て行くときに最も求められている行動姿勢や態度かもしれません。

昨年の7月に78歳で会長職を退任したフィルは、その保有資産のほぼすべてにあたる250億ドル(約2・8兆円)を慈善活動に使うことを明らかにしました。いかにも彼らしい、潔い行動だと思います。

さいごに

記事の内容をさらに知りたい方はこちらの本をお読みください。

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