この記事では、「KFCの企業ビジョン」について、秋元征紘さんの書籍『ビジョナリー・マネジャー』よりご紹介します。

【書籍】『ビジョナリー・マネジャー
【著者】
秋元征紘 ワイ・エイ・パートナーズ 代表取締役

KFCの企業ビジョンは、カーネル・サンダースの原体験

カーネル・サンダースの原体験は、幼少のころの調理体験にありました。早くに父を失い、母親を手伝いながら幼い妹たちの面倒を見ていたカーネルは、彼女たちのためにパンを焼き、食事を用意していました。そしてそれがたいそう喜ばれたことが事業の原点になっているのです。

カーネルがKFCを本格的に立ち上げたのは、なんと彼が64歳になってからでした。起業するまでの彼の人生は失敗の連続で、さまざまな仕事に就くのですが、意欲的ではあるけれどうまくいかないということが続きます。

なんとか軌道に乗ったのは、ケンタッキー州のコービンという小さな町で、国道1号線に通じる街道沿いにつくったロイヤルダッチ・シェルのガソリンスタンドでした。その脇にレストランを併設して始めたのが、圧力釜で揚げたフライドチキンだったのです。生ハムやビスケットなどもメニューとして出していましたが、中でも一番評判が良かったのがフライドチキンでした。

店は軌道に乗り、州から表彰されるほどになります。しかしその後、店の目の前を走る街道が、全米を網目のように走るインターステートハイウェイの95号線にバイパスされたことで、車の流れが大きく変わって客足は遠のき、ガソリンスタンドは営業を続けていけなくなってしまいます。

彼は奥さんと相談して、圧力釜と11種類のスパイスをT型フォードに積み込んで、車で近隣の街を行脚してレストランのオーナーを口説き、フランチャイズシステムを始めます。これがKFCのスタートとなりました。

当時、フライドチキンはアメリカ南部の庶民の代表的なご馳走でした。カーネル・サンダースには、幼いときからずっと、「多くの人に、自分のつくった世界一美味しいフライドチキンを提供したい」という気持ちがあって、レストランを経営することになりました。

KFCを立ち上げた直接のきっかけは、ガソリンスタンドの経営危機だっですが、彼のフライドチキンを食べて、フランチャイジーとなった人が数多く出てきました。やがて世界規模のフードサービスチェーンのパイオニアとしての地位を築き上げ、アメリカの歴史の中で最も多くの百万長者を生み出すこととなったのです。

再生のためにしたことは「原点」に戻ること

KFCを「原点」に戻す彼はその後、73歳でリタイアしたのですが、70代の後半になって再び呼び戻されます。KFCのチェーンが大きくなり過ぎて、ルーズなフランチャイズ化が進んでしまったことが原因でした。

各店舗のオペレーションレベルが著しく低下。味は落ちるし、店は汚くなるしで、売上が下降を始め、ブランドイメージも悪化して、チェーンとしての存立が危うくなった時期だったのです。

当時、KFCはヒューブラインという酒造会社に買収されていたのですが、KFCの社長に、マイク・マイルズという優秀な経営者が就任しました。このあとKFCの経営を立て直した結果、当時のヘッドハンターの間で最も高値をつけられた人間の一人となり、「アメリカで最も求められた男(Most Wanted Man in the United States)」と呼ばれるほどになる人材でした。彼は後にクラフト・フーズを経て、フィリップ・モスの社長・会長に抜擢されることとなります。

マイルズが意図したのは、KFCを「原点」に戻って立て直すことでした。そのために、KFCのビジネスを構成するあらゆる要素を再定義しました。

たとえば品質。チキンを一番おいしく調理するため、食品科学の粋を集め、カーネル・サンダースのレシピと圧力釜を用いた調理方法を研究、全店舗でその味を再現することを可能にしました。競合他社と比較しつつ、「お金に見合った価値があるかどうか」も検討。また、揚げた後の提供時間のルール化なども実施します。

サービスにおいては、注文を受けてから提供するまでの時間をどうやって短縮するのかを科学し、テーラーメイドのPOSマシーンも導入。顧客のための心からのサービスのマニュアル化と研修体制を確立し、常に一定以上の品質とサービスを各店舗で再現できるようにしました。

店舗の清潔さ・クリンリネスも標準化・指標化されました。さらには広告・メニュー内容・販促・ブランドイメージなど、すべて「原点」に戻って再構成しました。要するに、KFCのブランドを掲げる限り譲れない高い水準を定めたのです。

これが「Qクスヴォファンプ SCVOOFAMP(クオリティ・サービス・クリンリネス・バリュー・アザーオペレーティングファクターズ・アドバタイジング・マーチャンダイジング・プロモーション)」と呼ばれる原点回帰の再生プログラムでした。

KFC再生プログラムをつくり上げたマイク・マイルズは、これをどう発表するかが問題だと感じました。数百社に及ぶフランチャイジー各社や個人フランチャイジーがいて、パート社員まで含めれば何十万人にもなる人々に納得してもらい、同時に彼らを鼓舞する適役は自分ではないと直感していたのです。適任者は一人しかいませんでした。

1人の人間の企業ビジョンが人々の心を動かす

フランチャイズオーナーたちは、KFCのビジネスに参加する際に、ほとんどの人がカーネル・サンダースと直接握手して契約しています。彼の存在こそが再生のためのキーだと考えたのです。カーネルは当時、すでに引退してチャリティ活動とカナダの店舗の運営を行っていたのですが、マイルズに説得されて戻ってきました。

私は実際にそれを発表するコンベンションに行ったわけではないのですが、私のボスだった、日本のKFCの初代店長で、のちに社長を務められた大河原毅さんから次のような話を聞きました。

それはラスベガスで毎年、フランチャイジーや関係者が集まって開催されるKFCのコンベンションでの出来事でした。マイルズが集まったフランチャイジーを前に、KFC再生プログラムの概要を発表して、会場は再生の予感に沸きました。

そして、マイルズは「もう一つ、大事なことがある」と切り出しました。「われわれが原点に戻るのであれば、どうしても必要な人がいます。みなさん、カーネル・サンダースが帰ってきました」とカーネルをステージに呼び出したのです。ステッキをついて出てきた彼に、スタンディングオベーションが止まらなかったそうです。

マイルズがすごかったのは、「KFCの再生プログラムには、どうしてもカーネルが必要である」と気がついたことで

つまり、KFCというビジネスは、カーネルの夢が実現したものですから、カーネルに語らせるしかない。一度は会社を去ったスティーブ・ジョブズが戻ってきて、今日のアップルをつくり直したのも同じことです。

人は理屈ではなく、ハートで動く

事業とはそういうもので、一人の人間の企業ビジョンが人々の心を動かすのです。お店のオーナーや働く人、何よりもお客さんは、企業ビジョンから生まれる感動をシェアしています。私自身、似たようなことをナイキでもLVMHでも経験しました。

そうした意味でこの話は、「ビジネスとは何か」を考える上で、私にとっても転機となりました。それまで私は、合理性や論理性をとことん追求して、非論理性を排除するのがビジネスだと思い込んでいたので、KFCでの体験がとても新鮮に感じられたのです。

そうです、人は理屈では動かないのです。「ピープルズビジネス」であることの力カーネルは「新しいことを始めるのであれば、原点に戻りなさい」との言葉を残しています。前出の大河原さんは、カーネルの親友でKFCブランドを共に生み出し、当時最大のフランチャイジーでもあったピート・ハーマンの下で研修を受けたのですが、そのときに学んだのが、KFCがピープルズビジネス―つまり人々を中心に動いていくビジネスだということを示す次の言葉でした。

「あなたが人々の面倒を見なさい。そうすれば、人々があなたの面倒を見てくれるよ」

これがカーネルとハーマンの原点なのです。マイルズの考えた戦略である「QSCVOOFAMP」は完全に論理で成り立っていますが、それを動かすのはカーネルの存在でした。人は理屈ではなくハートで動く。

これが「企業にとってビジョンがいかに大切であるか」の証左だと思います。

人々のために、人々とともに

「全アメリカの主婦を台所から解放する」というのが、初期の段階でカーネルが考えたKFCのコマーシャルのキャッチコピーでした。映画『ティファニーで朝食を』の中で、オードリー・ヘプバーン演ずるテキサス娘が、圧力釜を使ってフライドチキンを揚げようとして失敗するシーンが出てきます。当時の普通の家庭の主婦にとっては、扱いが難しく清掃も大変な圧力釜を使ってフライドチキンをつくることは、それほど難しかったのです。それをお店で簡単に買えるようにしたことこそ、当時のこのビジネスが「世界を変えた」ポイントでした。

さらに革新的だったことがあります。当時、普通のブロイラーはそれほどおいしくなかったのです。それを11種のスパイスと圧力釜を用いた独特の調理方法によって、世界一美味しいフライドチキンを提供するビジネスをつくり上げたところに、彼の独創性がありました。マクドナルドを創業したレイ・クロックと、このカーネル・サンダースによって、後に「ファスト・フード」と呼ばれる業態が生まれ、フードサービス産業のパイオニアとなったのです。

先に「人々のために、人々とともに」という考え方について触れましたが、これが「人々のために」の部分にあたります。では、この場合、「人々とともに」は何だったのか? 前述の通り、当時、KFCがアメリカで一番多くの百万長者を生み出すフランチャイズチェーンとなったことです。

みんな彼と一緒に仕事をすると、豊かになることができた。ビジネスには、「人々の夢を実現する力」と「人を巻き込んで幸せにする力」があり、だからこそ、企業家には企業ビジョンが必要なのです。

さいごに

記事の内容をさらに知りたい方はこちらの本をお読みください。

ビジョナリー・マネジャー


ビジョナリー・マネジャー

AMAZONで見る